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人を愛せない、ターゲットは母親代わり

 [ 自己愛性人格障害 詳細
皆さんたぶん岸田秀なんて軽蔑して読んでいないと思うけど
自己愛障害者って自分の「現実我」でなく「幻想我」(理想我、誇大妄想我)
を強く愛する人なんだって。さらに彼の理論によると現実の自分を愛せない人間は他者の現実も愛せない。
なぜなら人間は自分自身に対する態度がそのまま他者に対する態度に反映されるんだと。

一般的に自己愛障害の人が他者を傷つけることが多いという理由もそこにあって
他者に自分の都合のいいような幻想を貼り付けて
自分の期待どうりに他者が動くことを期待してしまう傾向が強い。
継続した恋愛関係がもてない場合が多いのもそのせいだとしてる。
実際私も幻想に引きずられるような身勝手な恋しかできずにすぐに幻滅してしまう。


親の自己愛の照射を受けて養育された子どもは、期待に添う限りは賞賛され、愛されるが、一方では自分は無条件には愛されない(すなわち、本当には愛されない)という二重構造の中で生きる事となる。そうした子どもは物を介して甘やかされていても、信頼と受容の関係という甘えを体験していない。輝く子どもであることを無意識に要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。無力化される体験を浴び続けることで形成されるのは、深刻な欠損を抱えた空虚な自己である。

自己不信を中核とした自己意識は常に悪性の抑うつを生み出し続ける。自分は無力で価値のない、無意味な存在であるという極度に価値下げされた自己像を抱える子どもは、自己不信が生みだす深刻な抑うつを防衛するために、鏡像で映したような理想的で万能的な自己を発展させて自己をバランスしようとする。甘えと愛を断念して手に入れたのは病理的自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている。

内的価値は自分の存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚があるときに成立する。自己の内的なものに自信がない彼らは、周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人と自分を比較しながら生きざるを得なくなる。輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。外的価値は結果を出すことでしか得られず、必然的に対人関係は勝ち負けの世界となる。優越している自分は他者を見下す対象にし、転落した無能な自分は見下される対象になり、対等の人間関係を築くことが困難になる。

彼らは例外なく「平凡恐怖」を抱えている。自分の内的なものに自信がない彼らが社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。学歴、職業、地位、才能、ブランド。理想的な自己像を追い求め続けざるを得ないのは、無条件には愛されなかった証でもある。自分を信じることができない彼らは、他人を信じることができない。自分を愛せないことは、他者を愛することを不能にする。



自己愛は人を愛せない。自己愛が好きな人は自分を賞賛してくれる人か
従順な人、利用できる人。


親しい人間=コレクション。
コレクションを持っている自分自身に価値を感じているってこと。


自己愛は相手の中に自分を見てるんでしょ。
相手の人格は尊重しない。
常に自分にエネルギーを供給してくれる者のみ利用する。
利用価値無くなったら取替える。


タゲを蝋人形のように変えようとしてしまうよね。
自分で精神的に殴りつけてダメージ受けてるところへ自分で優しく励ます。
精神的に苦痛を与え苦痛で囲み、逆らえなくして
自分を否定する事のない存在、つまり親の代わりを造ろうとする。


自分を愛したくて、対象に自分を投影してるんですよね?
結局、対象は愛せないんですよね
対象のオリジナリティは認めないでしょう


憎しみのこもった目でタゲをみる 
タゲを一人の人間としては見ない
奴隷、母親みたいにおもっている
何をやっても、許されると思っている
でも限度が超えている


自己愛はタゲに甘えているんだ。
どんなに不満をぶつけてもタゲが我慢して当たり前だと思っている。


こいつと関わってる間にも何人かの自己愛にタゲにされた(本当に)
それでその事を自己愛に相談してたっていうあり得ない展開
自己愛に美味しすぎる餌を延々と与え続けてた
泥沼になってあたり前なのに何一つ気付いてなかった
被害者スレ見てたら母親とか奴隷の代わりって書いてあった
まさにそんな感じだった
親にぶつけるべき恨みと憎悪を全部こっちにぶつけられてた


タゲも人間だから限界がある。
我慢の限界に達してタゲが離れたりやり返されたりすると
自分が傷つけられたと思い込んでヒステリーを起こし
タゲが酷い人間であるかのように周囲の人間に言いまくる。
タゲは散々自分が嫌がらせをされたのに
自分が悪者の様に言われて一生忘れられない傷を負う。


よくわからないこと
どうしてタゲとかモラハラ相手のことを散々悪く言いながら、離れたがらないのか?
取り巻きがうまく作れたら賞賛の鏡には困らないわけだから、
タゲが気に入らなければお得意の無視でもすればいいし


自己愛にとってタゲは何をやっても許してくれる母親だから
思い通りにならない母親をボロクソに貶しまくるけど、
精神的に依存していて離れられると困る
日本(タゲ)と韓国の関係と考えるとわかりやすい


精神的に依存してる=必要な相手を攻撃するのはどう考えてもおかしいよね


他の人に対しては緊張したり距離を置いているから攻撃できない。
タゲは自分より低く見ているからリラックスして攻撃する。

2011/08/02 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
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感謝しない自己愛性人格障害

 [ 自己愛性人格障害 詳細
利用した人に対して本当の意味で感謝することはありません。
人の目を気にしたパフォーマンスとして感謝している演出をすることはあります。
また、他人や目上の人に対してはへりくだり感謝の気持ちを表します。

いつも「~したった」という自分の行為のみが心に残り、他者からしてもらった事はすべてノーカウントです。
自己愛性人格障害の特徴まとめ


理由:なぜ感謝できないのか


●利用した人に対しては、心から感謝することはありません。なぜなら、人が自分のために何かをやってくれるのは当たり前だと信じているからです。自分は特別な人間だから、周囲が自分のために努力するのは当然だと信じてやまないのです。

●自己愛は人に貸しを作るのが大好き。
無理矢理恩を着せてお礼を言わせるの大好き。
故に自分が人に借りを作るのを嫌う。
自分がそうだからそれで相手に優位に立たれると思ってるらしい。

●自己愛性人格障害の人は、他人に頼らないと自分は生きていけないことを自覚すると、強い不安を感じます。ですので、この不安を感じないために、人への依頼心を認めようとしません。

また、他者に対する共感性が欠如していますから、他者の努力を苦しみを理解することができません。人を人として見ず、物のように扱っているので、感謝する気持ちは生まれません。
自己愛性人格障害の人は周囲を利用する

●当時の私のように自己愛に問題を抱える人は、精神的な辛さに圧倒され、その辛さから逃れることに必死のため、他人のことを考える気持ちの余裕がほとんどありません。
そのため他人から助けてもらったときでも束の間の安堵感を感じることはあっても、相手の方に感謝の気持ちを感じることが非常に難しいのです。
他人に感謝する気持ちの余裕を持てない自己愛障害の人@夢分析

●さらに、恐いことに見捨てられ不安の方は、自分は無価値だという信念を証明して生きているので、「自分は無価値だ」という思考に繋がることしか記憶しません。ポジティブなこと、幸せなことは、記憶する習慣がないために記憶出来ないのです。
これは、乳幼児期に危険(他人からの怒りや暴力)を察知し、自分を押し殺さなければ生きてこれなかったため、危険(他人からの怒りや暴力)を察知する癖がつき、日常的に、他人の怒りや感情、暴力等を察知、記憶し、生きていこうとする術なのです。(大人になっても、気付かなければそのままです。)
ポジティブなこと、幸せなことは、危険性がないために認識しにくく、記憶しにくくなっています。

なので、見捨てられ不安の方は、どんなに温かな愛情を贈られていても、気付きにくく、意識には届きません。ただひたすらにネガティブな感情や情報に敏感に反応し、記憶し、ネガティブな人生を創っていきます。
言葉配達人あきの公式ホームページ


自己愛の人は、感謝の気持ちがない。これをきいたのは、最近である。

(中略)

思わず、もっと優しくしてほしい~よーって言ったはず。そうしたら・・・・・彼に切れられた・・。
自分が具合悪いときだけ、なんなんだよっ僕はもっと具合悪いんだ、いちいち大げさだなー!君が、この半年間、僕に何をしてくれたっていうんだ。自分、自分、自分、ほんと、君は自分ばっかだ。うんざりする。

しーん・・・狭い四畳半が静まりかえる。私は、そのまま、悲しくなり、布団にもぐりこんで、背をむけた。数時間たって、ごめんね、みたいな感じで、頭をなでてくれたぽいが。今思うと、ほんと、あれはひどかったと思う。

だいたい、この半年間何もしてくれなかった、と言われたが、私は手を茶色にして薬を塗り、毎晩指圧をして、彼が寝るのを待ち家事をやっていたときだ。帰宅するたびに、彼はお菓子の空袋に囲まれて寝ていた頃だ。ま、そういう意味では、確かにけっこう体調が悪かった頃だとは思う。あの必死に荷造りしたのも時期的にこの半年間だ。でも、それなりに、いろいろ対応していたと思う。しかし、、、

それにはまったく感謝の気持ちをもってなかったのだと知った。このとき、本当に、健康な人とつきあいたい、と思った。そして、この人には、やってもやっても、感謝されない底なし沼だと痛感した。それがちょうど一年以上前だ。もうそのころから、彼は私のことを奴隷か下僕だと思っていたのは間違いない。

そして、こんな生活を送っていたのに、新しい彼女にした説明は全部、私に責任をなすりつけるものでした・・・。

感謝がない | 自己愛性人格障害な元彼との過去ログ



2011/08/01 | Comment (1) | Trackback (0) | Edit |