※ 一部工事中。辿りつけないページがあったらゲストブックからご質問ください。

191自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料

 [ モラハラ対策
チェックシートに当てはまるので治したいという人が増えてきたので自己治療のページを作りました。

自己愛性パーソナリティ障害 本人心得


(※2ちゃんねるの自己愛性~本人スレより)
初対面の人にえらそうにしたり馴れ馴れしく褒めまくらない。
使えないと思う人にも、せめて常識的に接する。
人に嫌みや当てこすりな言葉を言わない。
学歴容姿年収何でもかんでも嫉妬しない。
彼女や親友が言いなりにならないと言って怒らない。
気にいらないことがあっても、怒鳴ったり無視しない。
人の悪口や噂話をばらまかない。
虚言ばかりで覚えにくいのは分かるが、せめて自分が言ったことくらい1日くらいは覚えていろ。
「してあげたのに」「~はほんと使えない」「君は誤解してる」「そういう意味で言ったんじゃない」という言葉を封印して生活が送れるか試してみる。
大きな音を出して相手を威嚇しない。

自己愛禁止事項


・意地悪しない
・悪口、陰口、告げ口言わない
・自惚れない
・見下さない、駄目出ししない、こき下ろさない
・他人の不幸を喜ばない
・頑張り過ぎない
・他人と比べない
・物事を勝ち負けや優劣に絡めない
・嫉妬しない、僻まない
・他人の欠点を探さない
・相手や状況によって態度を変えすぎない
・対人操作、情報操作しない
・人のせい、世の中のせいにしない
・妄想し過ぎない
・優越感を求めない
・仲間外れを作ろうとしない

自己愛行動心得


・他人の長所を意識して見る
・他人の成功や長所で一緒に喜べるようにする
・「仕方がない」、「ま、いっか」、「人それぞれか」を前向きに口癖にする
・自分の欠点を認めて笑えるようになる(逆に他人の欠点は笑わない)
・『本心から』他人を褒めれるようになる
・目に見える利益のない人間とも付き合ってみる(自己愛にとってそれ自体が利益です)
・1人の時間も楽しめるようにする
・人に何かしてもらったら感謝する、その感謝の気持ちをいつまでも持つ
・皆で平等に楽しくを目指す


認知療法(アーロンTベック)


・平凡であれ。平凡なことは大きな喜びとなりうる。
・人と同じように、人間的に生きることは可能だ。しかも独自性を残したままで。
・チームプレイをすると報われる。
・いつももっとよくならねばではなく、人と同じでよい。そこに喜びがある。

・一時の賞賛より、他人から長く尊敬されることをめざそう。
・自分だけでなく他の人も大切な要望や意見を持っている。

・誰もが何か秀でたものを持っている。
・自分の気分に責任を持つようにしよう。人の評価によって気分を左右
されるなら評価に頼っていることになり、抑制不能になってしまう。
「人格障害の認知療法」アーロンTベック 岩崎学術出版社


自己愛性パーソナリティ障害の回復


まずは、本人が自分の問題に気づく必要があります。そこがスタートラインなのですが、自己愛性パーソナリティ障害の方は自分の問題点を認めることができません。もし問題点に気づくことができたら、まずは自分しか見えていなかったということに気づくと思います。相手の立場や気持ちに配慮がないため、人間関係がギクシャクしやすいのです。なので、自分の思いや都合だけでなく相手の立場に立って考えることを練習してください。相手の立場に立つことで、自分のことが見えてくるようになると思います。

自他の境界線を引く


自分が治ろうという意志があるなら自己愛は治ると思う。
とりあえず、人(大人)は基本的にその人の動きたいように動いていいし
やりたいようにやっていいということを理解するといいと思う。
どうしても自分の思い通りに人に動いて欲しい時は、
相手に頭を下げてお願いすることが出来るが、
相手はそれを「ごめんなさい」と断ることが出来る、ということを知ろう。


親への憎しみをターゲットに向けていることを自覚する

自己愛性さんが、他人を道具としか認識できない事を認識して、
他人にぶつける怒りは、本当は自分の親や自分自身への劣等感に対しての物で
本来はぶつけるべきでは無いものと自覚して、
他人の人格などの否定に走らず精神的な距離を保ってくれれば良いんだけどな…。
自己愛性さんの生い立ちや過去には同情する部分もあるが
(聞かされたものが虚言でなければですが)
受け皿やターゲットが色んな事を言われたり、プライバシーを探られたり、
あることないこと噂を流されたり、ストーカーよろしく追いかけ回されたり、、、
人格は人それぞれだからいろいろな反応があるでしょうが、
言い返したり噛みつくのも、その人に人格があるからだよ。


嫉妬して嫌がらせしたり
まわりを巻き込んでターゲットを中傷しない。
原因は“自分の劣等感”で、ターゲットは被害者なんだからさ。


そもそもおまえらがこんな苦しい思いをさせられているのは
自己愛親にずっとタゲられて育ったせいじゃないか。
あの自己愛の代表であるヒトラーさえも幼児虐待を自分におこなった父親に
復讐をしていない。どうして諸悪の根源である自分の親に復讐しないで
自分の大事な奴を傷付けているんだ。
自分の親の思う壺で悔しくないのか。

子供の本性はわがままなのである。それなのにあなたは一切のわがままを自分に禁じた。それを禁じなければあなたは拒否されたからである。ところが不思議なことに、あなたは今、あなたをもて遊んだ人を憎んではいない。逆にあなたを理解し、あなたに温かさを与えてくれるような人を憎んでいたりする。

心の病んだ人というのは、憎むべき人を憎まず、逆にその人々に罪悪感などを抱いたりする。本来憎んでいい人達の、ほんのわずかの親切を裏切ることに罪悪感を持つくせに、自分に思いやりのある人の真心は、どんなに裏切っても罪悪感を持たない。所有欲のつよい我執の人に心理的に依存してしまっている人は悲劇である。

憎むべき人を憎んでいない人は、大切にすべき人に冷たくしているに違いない。
幼児的な甘えの欲求をつよく残している人にとっては、近くなりすぎた関係は傷つけあう関係になる。外の人に対して、つまり遠い人に対しては、相手の意にかなうことで気に入られようとしていたのが、近くの人になると自分を「こう」扱えという要求に変化してくる。自分を「こう」扱えということが甘えの欲求なのである。

いずれにしろ、身近な人に対して愛憎いりまじった両極的な不快感を持つ人は、自分の心のなかの甘えの欲求を意識化することである。

相手との関係において自分の価値に自信がなければ甘えの欲求を表現することはできない。相手が自分に対して好意を持っているという自信があってはじめてその人に甘えられるのである。自分は相手にとってかけがいのない存在であるという自信があってはじめて、相手に対して甘えの欲求を表現できる。


強い意志でパートナーに対する意識を変える


もしもあるとしたら、強く真人間になりたいと願い、
自身で「変わる」と決意する事が必要。
そういう意味で、俺はタゲに対して存在する自分の心の中のタゲ意識を
はずす事ができたけど、外的な圧力で変える事は不可能だと思う。
離れていった場合には自然に一人の独立した人間として扱う様にはなるけど、
それはあくまで価値無き「他人」だ。
そういう意味では関わり続けざるを得ない状況下で、
自己愛者の意識変化を惹起するのは無理ではないかと思う


まず、自分に向きあう事をさける事(自分に嘘をつき本心を知ろうとしない)を止める事からでした。
後は、どうしてその行動をしようと思ったのか、感情の根底にはどんな願いがあったのか、わかるまで繰返し考えました。
感情そのものではなく、傷つけたいと感じた時、なぜ傷つけたいのか、大元には切実な願いがあったはずです。自己嫌悪で見えなくても本心に耳をすませば、か弱い声が聞こえてきます。それを受けとめ自分をいじめるのをやめ、大事に育てるのです。
私は幸福を願ってて、今までの行動はその目標と相反してると感じてから、最初の変化が始まりました。
暴力が減り、希望が見えてきました。
http://okwave.jp/qa/q3475625.html


加害者がモラハラをやめることがあるとしたら、それは本人の強い自覚とすさまじいほどの努力によってしかありえません。自分のしていることが「相手を傷つけ続けてきた」と理解し、身にしみついている考え方、行動様式、認知といったものすべてを見直していかねばなりません。

加害者は自分のかかえる問題から目をそらし、そばにいる誰かの荒さがしに時間と心をついやしてきました。他者否定の構えです。加害者は他人の欠点をけなすのではなく、自分自身の欠点に向きあう苦痛を体験しなければなりません。これまで逃げて逃げて逃げ回ることで回避してきた苦痛です。加害者は己の内面と向き合い、反省し、葛藤する必要があります。

モラハラという暴力をふるう生き方をなおさないまま生きてきた加害者を変えることは誰にもできません。加害者を変えることができるのは、加害者本人の強い意志だけです。

私の親離れのエクササイズは他人に対して自分が権威となって責めないということであった。他人に対して責める口調になって命令している時、ふっと気がついた。他人が自分のためにならない時、責めながら自分が自分でないような不確かさを感じるのである。さらに気がついたのはそのような時私の心を占めているのは私自身ではなく支配的な私の父親なのである。

他人に対して不満になり支配的になった時、私は私でなく、私が恐れた父親になっていたのである。私の心のなかは私が内面化した支配的な父親に占領されてしまっていて、その他のものは心の中から追い出されていた。それに気づいた時私は私自身を育て上げなければいけないと感じた。

それ以降自分が他人に対して支配的になり、他人を責めそうになると必死になってそれを止め、自分に戻ることに努力した。


親との関係を考えなおす


たぶん問題の全てが「感情の抑圧」にある
「一番最初に感情を麻痺させた瞬間」
モラハラの被害者と加害者のどちらにもそれはあるはずだと思う
そこに戻ってその瞬間を思い出す事が必要になる

たぶんそれはものすごく小さい子供の頃の事でそれを思い出すのも相当大変
実際問題として(愛情はあったとしても)虐待にあっていて
それが他者に向かう事によって自己愛的な人間になったのは正真正銘の事実
被害者になる人間は加害者にとっての鏡になってしまう性質を持ってる
加害者は自分を憎悪してるから自分の本当の姿を映す鏡は絶対に壊すしかない
本当の姿を見てしまったら自分の精神が崩壊するという恐怖心があるから


以前、洞察を経験しました。
自分の心にひっかかっているものの1つについて
自分が知っていて気がつかなかった子供の頃の
母親に対する心配と父親に対する怒り
そして父親が怖くて対峙できずに心にしまっていたこと。
我慢している母親自身への不安な気持ちと我慢していることへの怒りです。
涙が止まることなく泣き続けた初めての経験でした。


自分が無価値感を感じるに至った経緯について考えること。
無価値感は両親との関係で生じているので、
幼少期のアルバムなどをみると分かることが案外あったりします。
本当はどういう自分になりたかったのか、
親の影響を受けていない本来の自分の要素はどこなのか考えること。
無価値感の深層には親への恐怖がある。その恐怖を直視しつづけること。

深刻な劣等感を持った人にとって、実際の感情に接するのに傷害になるのは罪悪感である。親を憎むというのには普通罪悪感が伴う。そこでこの心の底の敵意に接触することを回避してしまう。もて遊ばれ、傷つけられているのに良い人と思おうとするのは、憎むことには罪悪感が伴うからである。

親子だから、同胞だからというのは、精神的肉体的にあなたを搾取することを正当化するための理論以外の何者でもなかったのである。もしいまあなたが信じているように、あなたが育つ過程であなたの近くにいた人が心の温かい人だったら、なぜあなたにとって夜がやすらぎではなく恐怖なのだ。なぜ多くの人々が昼は活動的に働き、夜はぐっすりと眠っているのに、あなたは昼は何かに追われているように焦り、夜は暗さに脅えているのか。

私自身は昼は焦り、夜は怯えて生きてきた神経症者のほうであった。そしてその神経症から這い出す時、障害になったもののひとつは心の健康な人達の道徳観であった。

親を憎むなどということは、心の健康な人にとっては許すべからざることである。しかし心の健康な人達は、心の病んだ人たちが親からどのような侮辱、どのような傷を受けたかということは想像できない。残念ながらそのなかでひとつの道徳や規範で人間を縛るから心の病んだ人はいつまでも立ち直れないのである。

偽りの罪悪感に負けてはならない。罪とか良心の問題ではない。事実としてあなたは心の底に近い人に対して敵意を持っているなら、それを意識することがよいと言っているだけである。

ついでに卑怯な人間は近い人から搾取するということも覚えておくことである。卑怯な人間は道徳や規範を持ちだして弱い人間を心身ともに搾取する。つまり反抗を封じるのに道徳ほど都合の良いものはない。相手に罪の意識を強調して自分の側に利己主義を通す。要するにあなたは扱いやすい人間としてみくびられているだけなのである。


自己治療のヒント

本質的な意味で相手を好きになる


相手に愛情を注ぐ他者愛よりも、自分を認めて欲しいという自己愛が上回る「アイデンティティのための身勝手な人間関係」を卒業する。

・その1:無条件性…相手に条件を求めず、ありのままを好きになる
・その2:相互性…自分のことだけを考えるのではなく、相手のこと、ふたりのことを考える
・その3:防衛の消失…ありのままの自分を、相手に出すようにする
・その4:人生のパートナーシップ…精神的に支え合う存在になるよう意識する
・その5:時間的展望…今だけではなく、将来のふたりのことに思いを馳せる
・その6:身体症状の消失…「ドキドキするから好き」という時期を越えて、「安心感や信頼感を持てるから好き」へ移行することを喜ぶ


克服のポイント


・自己愛性パーソナリティの人が最も苦手なことは謙虚に他人の言葉や教えを聞くことなので、それが出来るように心がける
・現実処理能力に乏しいので、その弱点を補完しあえるパートナーを得る
・集団で協力するのが苦手なので、チームプレーが必要とされる活動に関わって克服する。
・自己愛を他者への愛に昇華させる。

「自己愛性障害を抱えた者は、しばしば、それまでの価値やしがらみを捨て、新しい自分を再確立する試みに向かおうとする。いったんすべてを投げ打って、一から作り直す過程を経ることで、自己愛者は、自己への囚われを超えた、別物に変わりうるのである。あるいは、その道中で、補完し合うパートナーにめぐり合うこともあるだろう。遍歴過程と再構築は、ある意味、親から与えられた既製服の自分を脱ぎ捨て、自分が主体的に選び取った装いに、身をまとい直す過程ともいえるだろう。このいったん裸になって、もう一度自分の意志で身につけるという段階が、自己愛性障害を持った者が生き直す上で、重要なように思える。」
岡田尊司先生の「克服のポイント」


「関心を持つ」=「尊重する」


僕の場合は特にかもしれないけど、今から思えば他人に関心を持つことが
苦手だった。常に自分にのみ関心が向いていて、自分にとってこの人は
どんな意味があるかという視点でしか他人を見れなかった。
でも、「関心を持つ」=「尊重する」と考えると他人にうまく関心がもてる
ようになった。僕の小さい頃から人とうまくやっていけない真の原因は
人に関心をもてないことだったから、このことはとても大きかった。
小さい頃からの真の悩みがやっと解決されたと思った。


感情を出したほうが救われる


ある「明るい人」が自殺しました。周囲の人は「あの明るい人が!」と驚きました。その自殺した人は、好かれるために明るい性格を無理に演じていました。しかし実は心の底では孤独で自分の無力を感じていました。その人は自分が無力な人間であるという感じ方を避けるために無理に仕事熱心でした。明るい性格は「不安の防衛的性格(躁的防衛)」でした。

その人は自信のなさを隠すために社交的に明るくふるまっていただけです。妙にはしゃいだり、不自然に明るかったり、わざとらしい親しさをふりまく人がいます。内面の自信のなさを、「はしゃぎ」で隠しているのです。そういう人は「何でも話せる親しい友達」がいません。皆に好かれたい気持ちが強いから、極端なまでに周囲の人の期待に応えようとします。でもどこかその明朗さは不自然なのです。しかし、活動的で実行力があるから、社会的には偉くなりました。

もしこの人が「実は俺は淋しくて自信がないんだ、だからついつい大きなこと言ったり、わざと明るくふるまったりしてしまうんだ」と自分に正直になれていたら、親しい人ができたでしょう。本当の自分の感情を表現できていればこの人は楽しく生きられたかもしれません。この人が好かれたいと思って明るい性格を無理に演じても、本当にその人を好きになる人はいません。好かれたいと思っていつもニコニコしている人もいます。しかし「何か、あの人とは心が通じない」と誠実な人は思うだけです。

その人たちは自分の感情を隠すことで、自分を守ろうとしていました。しかし、真に自分を守るためには自分の感情を出すことだったのです。「感情を出したほうが好かれる」ばかりではなく、「感情を出したほうが救われる」。


立派な自分像を手放す


(辛いことを辛いと感じていい環境で育つことができた人は幸せである。)
小さい頃その人の保護なしには生きていけないという重要な人は、生殺与奪の権をにぎっている。実際に生殺与奪の権をにぎっているかどうかは別にして、子供は心のそこでそう感じている。しかも殺されるほど怖いのに、その恐怖感を感じることも当然禁止されている。殺されるほど恐いのに、その人をやさしいと感じていなければならない。ここまで実際に感じていることと、感じていると意識していることが逆であれば、内面が破綻してしまうのは当たり前である。人間は自分にとって重要な人の前で素晴らしく期待される人物を演じるためにここまで実際の自分を犠牲にするものなのである。しかも肉体的経済的にその人の保護なしに生きていけるようになったあとでも、そのように「愛される自分」を演じ続ける。それは心理的にその人の支持なくしては生きていけないからである。

恐怖を感じられないばかりではなく、淋しさも感じられない。淋しいと感じることは親の期待に背くことになる。そこで淋しいと感じることを自らに禁じ、親の期待する通りに感じる。こんなあたたかい親はいない、こんな優しい人はいないと感じるのである。自分は淋しい「筈がない」のである。なぜならこんな「やさしい人達」に囲まれているのだから。

どんなに淋しくても、淋しいと感じることが許されればそれなりに打つ手はあるだろう。しかし淋しいと感じることが許されていない人には救いがない。救いのない人生を生きてきたひとは、最後には人生に関心を失う。そのまえに、回復することがないほどの「うつ」になってしまう前に自分を理解することである。あなたに処罰を与えた人は誰か。あなたが心のそこで恐れている人は、あなたに処罰を与えた人なのである。その処罰の体験で、あなたは「恐さ」を知った。二度とこんな処罰を経験したくないと思った。そしてそれ以降、その処罰を避けるために自分を操作し続けてきた。

支配的で所有権のつよい親は、子供にそのように回復不能とも思える傷を与えることがよくある。我執のつよい親にとって充分良い子などこの世の中に一人もいない。それなのにあなたは十分良い子になろうとした。我執のつよい親はいつだって子供に失望し、不愉快になる。それなのにあなたは親に失望されて、その夜ベッドの中で自分は世界で最も悪い子だと考えた。親を肯定して自然な自分を否定した。その時あなたは親に向ける怒りを自分に向けた。そして親の前で「立派な子」を演じ続けてきた。その時否定すべきだったのは親の支配性だったのである。

今からでも遅くはない。自分はそんなに「立派な人」ではないのだと認めることから出発するしか無い。自分は立派な人間だという自己像にしがみつくのは、あなたが自然な感情で生きていないからである。あなたは「立派な人間」という自己像を大切に生きてきた。もしかすると命より大切にして生きてきた。そしてその大切な自分のイメージを捨てることは死ぬほど難しいことかもしれない。しかし今あなたは生き返ろうとしているのである。大切にしていたと言うと言葉は良いが、しがみついていた、と言ったほうが適切なのである。それにしがみついて死の方に流されてきてしまったのである。

立派なことを否定しているわけではない。言いたいのはあなたがしがみついている「立派な自分」「良い自分」というのはホンモノではないということである。



だまされた人の悲しみ


あなたが誰かをだましたりすると、その人は悲しむ。
だまされたことで何か損を受けたから、
その人は悲しんでいるのではない。

その人がもうあなたを信じ続けられないということが、
その人を深く悲しませているのだ。

今までのようにあなたをずっと信じていたかったからこそ、
悲しみはより深くなるのだ。
「超訳 ニーチェの言葉」


ヤマアラシのジレンマ


『ドイツの哲学者・ショーペンハウアーの寓話より』

寒空の下、一匹のヤマアラシがいました。ヤマアラシはひとりでさみしく思っていました。そこへ、同じように寒がっているヤマアラシに出会いました。寄り添って温め合えば、さみしくないし、お互いが温かくなると思った二匹は、すり寄りました。

しかし、ヤマアラシたちはある程度近寄ると、自分の身を守るためのとげがお互いの身体を刺し合いました。二匹はどうにかして近寄って温め合おうとしましたが、背中の自分の身を守るためのとげが近寄らせてくれません。どうやっても近寄ることのできないヤマアラシ。二匹はお互いのとげが刺さらない距離を保ちながら、一緒に泣きました。

ヤマアラシたちは泣き合っているうちに、気がつきました。近寄りすぎるとお互いの身を守るためのとげで相手を傷つけてしまうけど、傷つけあわないぎりぎりの距離を保てば、お互いがさみしくなく、それなりのぬくもりを得られるということに。


心理学の大家フロイトは、この寓話を元に、‘ヤマアラシのジレンマ’という人間の姿を表しました。それは、「自己の自立」と「相手との一体感」という二つの欲求によるジレンマに悩む人間の姿です。

相手の針の長さをよく考えて近づきつつ、遠ざかりつつ、時には傷ついたり寒くなったりを繰り返して、適度な距離感が掴める様になることがコミュニケーションのコツであり、かつ最も難しいところです。そのためにも、相手の針の長さだけではなく、自分の針の長さを知らなければなりません。


ところで、動物には、自分のテリトリーを誇示する意識があることはよく知られていますが、動物心理学者のヘディガーは、このような動物の行動を研究して「距離の法則」を発見しました。彼の研究によれば人間関係の距離がベッタリの関係になる時に問題が生じるようになるということです。

ですから、相手との関係の距離が近すぎた時に、人間関係に問題が生じるので、もしそうなったら、一度距離を開く必要があります。そして再度少しずつ近付いて行きながら、適切な距離を判断するようにすればいいのです。

問題が生じたら、もうその人とは付き合わないというのは子供の言うことで、そういう態度では幸せな人生など送れません。そうではなく、何事にも取り組みという態度で臨みながら、適切な距離を人との関係に見出すことが出来れば、平和な人間関係を持つことができます。

聖書に、「愛はすべてを完全に結ぶ帯である」という言葉があります。帯には長さがあり、長過ぎても良くないし、短くても良くありません。適切な長さが必要です。つまり、愛とは距離であり、しかも適切な距離のことです。
ぜひ寛容な心で人を受け入れ、赦し合う心を持ち、適切な距離をもって平和な人間関係を築いていきましょう。

今日の一言: 愛とは適切な距離のこと
http://lvjcc0822.blog60.fc2.com/blog-entry-378.html


家族や周囲のサポート

いつも変らぬ距離と態度でいてくれる存在


一番良くないのはこの人たちの要求に応じすぎて振り回されてしまうこと

100パーセントに近い行動を、良かれと思ってすればするほど
そうできなかった時の彼、彼女たちの怒りや絶望感が
大きくなってしまい、
お互いが深く傷つき、とても苦しむ結果になってしまうことがあるのです。

自我の弱いこの人たちにとって
自分が要求したことを100パーセント叶えてくれなくても
この人は自分から立ち去っていかない・・・という感覚を自分の中に
育てていくことがとても大切になっていきます。

この人たちの孤独感を同じ人間として理解しようと思いながら
ただいつも変らぬ距離と態度でいてくれる存在が
いつの日にか心の支えとなり、その人の自我を成長させてくれる
きっかけになっていくのではないか。。

そんなことを思っています。
http://hellomine.blog50.fc2.com/blog-entry-9.html


回復のために周りの人ができること


自己愛性パーソナリティ障害の人に対しては、尊大な自己イメージと非力な自己イメージとのギャップを本人に気づかせて、克服させることが大切です。しかし、それを急ぎすぎないことも重要です。最初のうちは、できるだけ「非力な自己」に直面させないようにして、自尊心を維持できるような接し方をしていく必要があります。

良いところは評価して、悪いところは指摘するようにします。ただ、指摘する際に「駄目だ」とか「しっかりしろ」のような人格を否定したり、けなしたりする言い方は避け、「こういうところを変えてみたら良くなるよ」というような提案するような感じで指摘するようにすると本人もプライドを傷つけられずに受け入れやすいです。

自己愛性パーソナリティ障害の人は精神的に安定していません。なので、怒ったり落ち込んだりが激しいですが、一緒に振り回されないようにしてください。言いなりになったり、媚びたり、突き放したり、無視することは好ましくないです。どんな状況でも一貫した態度をとるように心がけることで、自己愛性パーソナリティ障害の方の動揺も抑えられ、安定して過ごせるようになってきます。
http://ac-guide.jp/NPD.htm


サポートは被害者以外の別の人がするべき


加害者は以前の被害者であり、そしてその被害行為に対して、
ほとんどサポートを受けられない状況にいたのかもしれません。
その点ではその人は、他の人からのサポートを必要とする人なのです。

しかしそのサポートは、加害者から被害を受けている人ではない、別の人がするべきです。
被害者は、加害者の最も近くにいて、しばしばまわりの人から、
その加害者をもっと理解しサポートをするよう言われることが多いものですが、
被害を受けながら、その加害者をサポートすることなどできるはずがありません。
そのようなことをしても、なおいっそうの被害を受けるだけなのです。

しかし、他の誰かがサポートをしようとしても、その人もまた、
次の被害者になる可能性が大きく、結局その加害者のサポートは、
非常に難しいことになります。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/kagaisya.htm

自己愛性人格障害のカウンセリング・病院治療

受診に際しての注意


電話で予約するときは「敏感関係妄想っていわれたんですけど」とか「自己愛性パーソナリティ障害かも知れません」などとは言わない方がいいです。特に「パーソナリティ障害(人格障害)」などと言ってしまうと、急にガードが高くなって「うちでは診れません」と門前払いを食らう可能性が高いです。

それよりも「対人恐怖があるんです」とか「悪口を言われているように思うんです」など症状を伝えましょう。そして受診となって医師に会って一通り診察を受けた最後に「敏感関係妄想や自己愛性パーソナリティ障害ではありませんか」と問うのがベターです。
市橋秀夫先生の「パーソナリティ障害をのりこえる!」第6章


人格障害は病気ではありません。 体に疾患があってそういう行為にでるわけではないので、薬で治療はできません。ベテランのカウンセラーの先生に相談して、長い時間をかけて、あなたが幼児のときに受けられなかった親からの愛情、人間として、何をやってはいけない、言ってはいけない、不適切な考え方、言動をひとつずつ克服していくことが肝要です。
一人の大人の男性として成長されている今、なかなか、聞き入れ難い話もあるかと思います。 それを受け止めて、導けるだけのカウンセラーの方の力量もかなり必要になると思います。


催眠療法


精神科よりも催眠療法をおすすめします。専門の精神科でも根底からの回復は厳しいようです…女性ですが知人のご家族もずっと通っていますがずっと薬を飲んでおり回復していない…と知人が根をあげておりました。
催眠と言っても操り人形になるとかオカルト的なものではなく、心理誘導をし、根本の自分の問題に気づくお手伝いをしてくれる感じです。

お近くで催眠療法をやってるサロンはありませんか?「(お住まいの地域)+催眠療法」または「ヒプノセラピー」などでヒットします。根底の自分の心に気づき、どうしてそういう行動になってしまうのか気づく事が出来ます。


2013/06/14 | Comment (29) | Trackback (0) | Edit |
[ モラハラ対策 ] ... 同じカテゴリの記事(ランダム表示)
[ メイン記事 ]
  1. モラハラ加害者の特徴[原因と詳細]
  2. モラルハラスメントとは
  3. 被害者の特徴
  4. 被害者の症状 どうなってしまうのか
  5. なぜ誰も気づかないのか
  6. モラハラ対策、解決方法

「191自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料」へのコメント



匿名の時点で逃げているようなものだけど、
完全に自分のことだと気づいて人生から逃げたくなった。
何これただのクズじゃん。俺クズじゃんって。
匿名 |  No.882


私はここを見て自分のことだと気付けてよかったと思ってます。これからがんばろう。
名無しさん |  No.1000


記念すべき1000件目のコメントにありがとうございます!
管理人 |  [ 編集 ] No.1007


こんなに「あっ、まるで自分」だと思ったのは久しぶりです。コメントなんかしたことないけど。この文章の分かりやすさに尊敬しました!!
 |  No.1030


 このページに出会えたことを感謝してます。
 なんだか、むしゃくしゃと湧きあがるどうしようもない負の気持ちを、今の身近な人(両親ではない人)をぶつけてきました。ふと冷静になった時に、「この状況はおかしい」と感じながらも、この感情の発生の仕組みが見えず、アリ地獄状態でした。
 このページを読み、親への憎しみの矛先を履き違えていた事に気づきました。自分の根源の劣等感も重なり、今の身近な人を傷つけてる仕組みが見えました。
 自分に向き合う事を始めています。始めたばかりですが、今の身近な人に素直に本当の感謝の気持ちが湧いてきました。少しずつ変化を感じ、希望が見えています。
 改善したいと強い気持ちを持っています。気づいた時にはこのページを読み返し、考え方や気持ちを立て直し、自分も身近な人も大切にできる心を育てていきます。
匿名 |  [ 編集 ] No.1062

ありがとうございました。
40代男性です。まさに自分のことだと思いました。弱い自分に向き合うのを避けて、他者を傷付け続けてきました。分かりやすく、また的確な表現で記述されていたため、私でも素直に読むことが出来ました。また、心得や禁止事項は、観念論ではなく、具体的な事柄が列挙してあり、これからの行動指針としてとても参考になりました。無論、精神的に健全な方は、自然に身に付けている事柄ばかりなのでしょうが。失ったものは、とてつもなく大きいですし、これまでに自分が犯してきた罪の深さには絶望しかありませんが、心得と禁止事項を肝に銘じて、覚悟を決めて、やり直したいです。
 |  No.1082

Re:ありがとうございました。
心得や禁止事項は自己愛を自覚した方たちが考えてまとめたもので長く引き継がれているようです。本気で治そうとしてる「本人たち」でなければ出てこない至極の言葉だと思います。2chの自己愛性パーソナリティ障害本人スレものぞいてみてください。
管理人 |  [ 編集 ] No.1086


自分自身が過剰警戒型かもしれないと思ってる者です。
きっと一生かけても完全には治らないのかもしれませんね…。
最低な自己が見えて、それから目を逸らすために変な白昼夢が浮かんで来たら(両方意思に関係なく自動的に浮かんできます)、「あっ自己愛の症状が出た」と自覚して、「自分はクズでも立派でもない」と中間の自己像を見るようにする、死ぬまでそういう認知の歪みの修正の繰り返しなんでしょう。
機械の故障の修理みたいに、パッと完全に治ることはないんでしょうね…。

長々と我流解釈の自己満足を書き垂れてすみません。
 |  No.1088


最近、仕事で評価されないことでストレスをためていて、なぜそんなことでストレスになるのか?ということを調べてると自己愛が異常に強いことが分かりました。
ここに書いてあることがほとんどあてはまって自分は平凡なんだ、と思う一方
特別な自分もあるんじゃないか、どこかで評価されるのではないかと考えてしまいます。
解決策を探していきたいです。
 |  No.1121


たぶん自己愛性人格障害者っていうのは、自己保存本能の塊なんだろうなと思います。
知能が高い生物の醜い部分を最大限に増幅させ、美しい部分を最小限まで抑えた、そういう生き物。
口では自分好き好き言っても、本当の意味では自分すら愛することができず、くだらない外面のためだけに周囲のあらゆるものを食い潰していく。
そんな奴が世の中で幅を利かせていると思うと、人類の将来は暗いしバカバカしいなと思います。私にはどうすることもできませんが。
 |  No.1146

気がつきました
友達が旦那さんからモラハラを受けているという相談にのっていて、なにか解決策はないかと思いここにたどり着きました。そこでモラハラをする人の特徴を読んでいて「これは私だ」と気がつきました。自分は女で他人の人生を左右してしまうほどの加害者になることは少なかったのですが(たいてい自分から逃げるので)それでも今までの友達や恋人との関係を思い出すとぴったり当てはまりました。ずっと感じていた違和感に答えを見つけることができました。これをきっかけに、なんとか友達が幸せになるお手伝いができればと思っています。中学校から一緒で頭が良くてずっと憧れていた大事な友達です。絶対に幸せになって欲しいです。そして私もこの障害を乗り越えて幸せになりたいです。
へい |  [ 編集 ] No.1163

私も夫も当てはまる
夫から批判を受けると、受け付けられず攻撃し返してしまい、なんで自分は言い訳ばかりしてしまうのか、他の人はこういう批判をどうやって受け止めているのかと悩んでいました。夫も私と同様、批判は受け止められず、攻撃に転ずる人間ですが自覚はないようです。こんな状態の私たち夫婦が幸せになれるのか、今また喧嘩をしてしまい、凹んでいる時に、このページに出会いました。私は自分が大嫌いだと思っていましたが、実は認証されたい欲求は人の何倍も強く、拒絶に弱いのだと改めて思い知らされました。知ることは大事、そしてこれからどうするかについてじっくり考えたいと思います。やってはいけないこと、やるべきことが明確に書かれていて、とても参考になりました。ありがとうございmす。
ナル夫婦の妻 |  [ 編集 ] No.1308

Re:私も夫も当てはまる
批判されたくないので反撃しないタイプを選ぶのが定番なんですが、
同じタイプで夫婦というのは珍しいですね
お互い家庭環境や、自己愛の特徴には当てはまるのでしょうか?
治せよ、と言われたら反発して絶対に治さないと思いますが、
一つ一つ、当てはまるかお互い自省しつつ、(お互いのダメ出しじゃなくて!)
一緒に治していくのはいかがでしょうか



管理人 |  [ 編集 ] No.1309

管理人さん、ありがとう
まさに自分の事そのものでした。これから、少しずつでもよいので、この障害と戦っていきたいです。管理人さん、本当にありがとうございます!
ライオンハート |  No.1366

少しずつ
私は高校生です。この記事を読み、自分が自己愛性人格障害ということに気付きました。
今思い返すと、小学校の頃からこの障害がありました。徐々に人が離れていきました。それでも、自分は悪くないと、自分は特別なんだと、どこかで信じてきました。
高校に入り、人間関係は少し良くなったけれど、自分が上の立場になることを最優先に行動していました。
今まで大事なことからずっと逃げる毎日でしたが、記事の言葉に、少し、勇気がでました。ありがとうございます。
弱い自分と向き合っていけるようにがんばります。
あー |  No.1373


数年前に自分が自己愛性であることに気付き、でも「私は人格障害者だ」なんて絶対に絶対に死んでも1000%人には言いたくなくて、病院にも行けず、誰にも相談できず、ただただネットで調べるだけの毎日を送ってきました。どの記事を読んでも「自己愛は死んでも治らない」としか書いてなくて、もう死ぬしかないんだろうなと絶望していました。今回のこの記事でやっと前向きな情報に出会えました。これからの生きる希望が見えました。今後の参考にさせてもらいます。ありがとうございました。
 |  No.1404

これから
自分はモラハラなのかもと以前から感じていました。
治療方法が骨身にしみました。
漠然とまだがんばれると思いました。
涙がとまりません。ありがとう。
m |  No.1464

認めることが大切
まだ治療中ですが、空洞の巨人を生きている感覚は辛いです。
もの凄い劣等感、頭の中での思い込み、自分で作った相手を見てたり。
それらの仕組みを知り認めることが大切だなと思います。
サイトを作っていただきありがとうございます。
kazught |  [ 編集 ] No.1543


あの人がこれからもできるだけ平和に暮らせるようになって
本当の真心というのに気づけるようになって
無駄に苦しむことのないように
これ以上苦しまないように

そうなってほしい。

そうなってほしいがために私はいくら傷ついても
治してまた出戻るさ。

少しでも力になれたら。
それが願い。

・・・自分で言うのも恥ずかしいけどw

あぁ、まずは謝らなくちゃ。。。
ついカッとなって、心にもない暴言投げつけたことを。。。

謝らせてくれるかな。。。あきらめちゃだめだ。。。
いわ |  No.1561

気づけたことが嬉しい
小さい頃から変な子だと言われ続けて、高校生になった今も、親に変な子だと言われてます。
この記事を読んで、まさに自分そのもので……。私が障害者だとしても、親はなんとも思わないだろうと思います。それを友達にぶつけてしまう。信用してないから友達できないんだよ、と言われても私には信用できる人などいないです。
でも、逆にこういう障害があるって知れて、治すことが努力によっては可能ってことも分かって、すごく良かったです。幸い人生まだまだなので時間はあるし、頑張ってみます。
まずは心から、この記事を書いていただいて、ありがとうございます。
名無し |  [ 編集 ] No.1605

自覚するのに時間がかかりました
前から鬱の気があり、何事も思うようにいかなくて自分を責め、虚言自己紹介をし続け他人ともうまくコミュニケーションが取れない毎日でした。
自分はただの鬱病予備軍だから、コミュ障なだけだからセーフと自己正当化していましたが、このままでは進路もやりたいことも見つからずに終わると確信し、ついにwikipediaで精神疾患の具体的な症状について調べていたらここにたどり着きました。

「自分は人と変わったところがあるから何か面白いことを成し遂げるはずだ」などど根拠の無い妄想を抱きながら家でゲームやアニメを見て現実から目をそらせる毎日。
やっと自覚しました。自分は精神疾患、病気なのだと。

落とした単位は次取り直すしかないので、カウンセリングも並行しつつ今は自己治療に専念します。
記事作成に心から感謝しております。
このまま1年授業に出て24で新卒になりたい |  No.1631


今までは自分と共通点のある人を非難する記事を見ると異常なまでに怒りが沸いてきたんだけど、よほど酷い内容でもない限り怒らないようになった。
このWebサイトを作ってくれてありがとう。
 |  No.1693


今まで自分を愛せないのは親に責任があると思い込んでいました…
何でも他人が悪いと思い通りに行かない時に考えてました。
気づきました、まだ戸惑いはあるけど、頑張って努力したい。
 |  No.1697

承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
 |  No.1698


なんで親に復讐しないのかって
親に復讐しても人格治るわけじゃないからですけど
それでも不安な気持ちは消えないから他人に偉そうな態度とるんでしょ

何高尚な説教みたいにしてるんだか
 |  [ 編集 ] No.1700

Re: タイトルなし
他人に偉そうな態度をとっても人格治るわけじゃないですよね。
不安を解消するために他人に偉そうな態度をとっているなら、
それを他人ではなく、その人格形成の根源となっている親に向けたほうがいい、
…と、自己愛の大家も言ってます。
出す本全部にお父さんの悪口書いてましたよ。
管理人 |  [ 編集 ] No.1701

気づくことが出来てよかった。
人に対して攻撃的で、否定されるとすごく怒りがわいてきて、人からひどいことをされるとずっと許せないままで、そんな自分がすごく嫌いでした。
理由も分からず、やめたいのにやめられない。ずっとネガティブな感情や人に対する憎悪が心の底から果てしなく沸いて出てくる。。
このページで自己愛性人格障害のことを知り、自分もこれなんだと分かったとき、その時点で解決はしていないけれども原因が分かってすごく安心しました。
原因を知ることで解決策も見えてきましたし、漠然とした不安もなくなりました。このページに出会えて本当に良かったです。
るな |  No.1705

助けてください
NPDの旦那にずっと苦しめられています。子供も巻き込まれ始めて焦っていて私自身病んできています。色んな情報を読み漁りました。こんなに的確に説明されている記事を見てどうしても話を聞いてもらいたいと思ってしまいました。どうかアドバイスをください。
はる |  No.1735

Re: 助けてください
私は体験談や関連本を読みまくった情報を中継地点として伝えることしかできませんが(私自身は専門家ではないので…)他の被害者の方もときどきゲストブックを読みに来ると話していたので、こちらの方に書いたほうがコメントがつきやすい、かもしれないです。
http://mora110.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
管理人 |  [ 編集 ] No.1737

お気軽にコメントをどうぞ。

 
  任意 : 後から修正や削除ができます。

「191自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料」にトラックバックする

191自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料へのトラックバックURL

リンクタグ:
<a href="http://mora110.blog.fc2.com/blog-entry-191.html" target="_blank">191自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料<a>

この記事にトラックバックする (FC2ブログユーザー限定)