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躁的防衛

 [ 関連用語
抑うつや罪悪感から逃れるために行う強がり
根拠ない優越感に浸って現実を直視させない防衛本能


躁的防衛
抑うつを弾く→「躁的防衛」のことなのではないかな?
「相手を傷つけてしまった」という痛み・悔いを受け容れる余裕がないときに
「そもそもそんな大事に思う相手じゃないし、傷自体もなんてことない」という
躁的なカバーで現実を覆い隠してしまうというか。


「躁的防衛」においては、自分が傷つけた対象、喪失した対象が、価値の無いものと見なされる。「下らない対象」であるから、それを傷つけたことや失ったことを、苦しむ必要はないと考えることができる。
http://medg.jp/mt/2013/05/vol132-manic-defense.html


苦しい時の空元気・負け犬の遠吠え
抑うつという心の痛みを避けようとして、過剰に元気になり様々な行動化を起こす状態である。
この状態では、当人は依存を否認し、依存対象との力関係を空想の中で逆転させており、依存対象を軽視、軽蔑し、罪悪感を抱くに値しないとみなし、勝利感・全能感を抱き、思うとおりにコントロールするのだという。


躁的防衛(manic defence)とは、自分の大切な対象を失ったり、傷つけたりしてしまったと感じた時に生じる不安や抑うつ感などの不快な感情を意識しなくする為に行う。その為に自分は万能であり相手を支配できると思い込んだり、逆に相手の価値をおとしめたりする。一見すると楽しそうに振舞うため「躁的」と呼ばれる。


躁的防衛は、依存対象に対する支配 control、征服 triumph、軽蔑 contempt の三つの感情によって特徴づけられる。支配感は依存を否認し、逆に対象を支配し、自己の依存を対象に満たさせようとする試みであり、征服感は、依存対象を打ち負かし、依存対象に対する抑うつ感を否認する試みである。そして、対象に対するあこがれや失う事への恐れを否定してしまう。同様に、軽蔑は対象喪失と罪悪感に対する防衛であって、軽蔑される対象は罪悪感をもつことに値しない対象であり、攻撃を加えても失ってもかまわない対象になる。


「躁的防衛(そうてきぼうえい)」は3つの感情に特徴づけられます。支配感、征服感、軽蔑です。それは、いずれも他者に優越することで、自分を守ろうとする心理的働きがあります。横暴なふるまいは、自分の思いどおりになる存在を支配することによる躁的防衛です。人はストレスを受けた状況では、自分を守るために、もっと弱い立場の者を支配することで自己愛や自己効力感を保ち、心のバランスをとろうとします。それは身近にみられる異常心理への入り口です。

機能不全家庭で育った人の人間関係は、決して親密ではありません。いつもどちらが上でどちらが下かをはかっています。本当の自分が出せず、人とつき合っていても孤独です。実際にひきこもる人もいますし、表面上は社交的でも、心は孤独のカプセルに入っている人もいます。さびしいのなら、心の敷居を低くしてありのままの自分で他人とふれ合えばいいのですが、それができません。弱みを見せたらバカにされると思うのです。
http://morahara.nukenin.jp/99ijime/soutekibouei.htm


躁的防衛
【既存】
・M.クラインによって提唱された概念で、精神的苦痛から逃れるために、現実を否定し、なんでも自分の都合のよいように解釈することをさす。抑うつ不安のもたらす抑うつ感情や罪悪感から生じる心の痛みに個人が耐えきれない場合など
【追加】
・万能、とくに対象のコントロール、脱価値化(軽蔑感)、対象への勝利感、征服感といった心的活動や情緒から成り立っている。それにより、自分が内的な世界をもっていることや、その世界に自分が大切に思う対象が含まれているという自覚をせずに済む。そして乳児はサディスティックで爽快な感情などの自分にとって都合のいい空想に浸ることになる。


躁的防衛とは、
抑うつポジション(問題の非が自分にあると受け止めて沈んだ心の状態)に入り嫌な気持ちを味わいたくない時に、強がったり、居直ったり、逆に攻撃的になったりする心のメカニズム。

難しく聞こえますが、落ち込みを避けるためにカラ元気を出す状態のことと言えます。
自分にも非があると認めて落ち込んだり反省したりするよりは
元気な気持ちでいたり、人のせいにしていたいものです。
そのために、躁的防衛をするんだそうです。

でも、この抑うつポジションをとれた時に、人は心の成長を遂げるんだそうですよ。
http://blog.livedoor.jp/jpa001/archives/1252782.html


強がりや意地っ張りは、心の奥の繊細な気持ちをカモフラージュするものとして、
心理学用語では“躁的防衛”という難しい言葉で呼ばれることもあります。

本当は不安なのに。本当は悲しいのに。本当は寂しいのに。本当は怖いのに。
認めない。反省しない。平気なふりをする。虚勢を張る。
絡む。喧嘩を売る。人のせいにする。攻撃する。笑ってごまかす。
挙げ句の果てに、「相手に別れを切り出される前に自分から!大作戦」を決行。

当時の私は、彼氏というのは親代わりのようなものだったのですね。
「いつでも私を満足させてちょうだい」
「いつでも私を見ていてちょうだい」

それが叶えられないと、大騒ぎをはじめるのです。

「私を愛していると言うなら、私と同じ気持ちであるべきだ」
「私を愛していると言うなら、私の気持ちをすべて理解するべきだ」

これ、赤ちゃんなら許されますが、大人がやると大ヒンシュク。

どう転んでも心が弱いなら弱い、コミュニケーション力が足りないなら足りない。そうやってあっさり認めてしまえばいいものを、当時は妙なプライドが幅をきかせ、「彼氏の前で泣いたら負け」とばかりに意地を張る日々。
http://jpakiji.exblog.jp/11549777


抑鬱ポジションを避けるために、強気な態度をとり、自分を守ろうとするメカニズムが「躁的防衛」です。躁的防衛が破れると、急に弱気になり、すべてがダメだと思って、深く落ち込んでしまいます。
http://morahara.nukenin.jp/99kinouhuzen/nyuuji.htm


抑うつポジションに陥る事は『大きな苦痛を伴います』
この状態に耐えられる『自我の力がない』場合、自らを守る為に行うのが『躁的防衛』です。
幼く、非現実的な万能感を抱く事で『自らの無力さ・後悔に打ちひしがれる事』から、自分を守るのです。

躁的防衛は、三つの感情に特徴づけられます。
『支配感・征服感・軽蔑』です。

こうした感情は、自己愛性人格障害・妄想性人格障害・強迫性人格障害といった『人格障害の人を動かしている鍵となる感情』であります。人格障害の人の『常識的ではない』心の動きを理解する上でも重要です。

躁的防衛は、必ずしも不健全なものではないですが『現実の否認や回避』として働く場合、有害な結果を招きやすいです。
躁的防衛の問題は『失う事、悲しみに向かい合う事を妨げてしまう』という事です。
http://15.xmbs.jp/loveprettier-3407-n2.php?guid=on&page=6&view=1


人から好意を得ようと、明るく真面目にふるまってきました。つまり明るい性格は「不安の防衛的性格」でした。別の言葉で言えば、明朗と活発は「躁的防衛」です。本当は自分に自信がありません。その人は自信のなさを隠すために社交的に明るくふるまっていただけです。妙にはしゃいだり、不自然に明るかったり、わざとらしい親しさをふりまく人がいます。内面の自信のなさを、その「はしゃぎ」で隠しているのです。そういう人は無理に明るい性格を演じても、「何でも話せる親しい友達」がいません。皆に好かれたい気持ちが強いから、極端なまでに周囲の人の期待に応えようとします。でもどこかその明朗さは不自然なのです。

もしこの人が「実は俺は淋しくて自信がないんだ、だからついつい大きなこと言ったり、わざと明るくふるまったりしてしまうんだ」と自分に正直になれていたら、親しい人ができたでしょう。本当の自分の感情を表現できていればこの人は楽しく生きられたかもしれません。本当の自分の感情を表現して友達でいられる人でないのなら、一緒にいたってしょうがありません。

「本当の自分の感情を表現したら、友達との関係は終わり」と思うなら、もともとその友達との関係は幻想にすぎません。
その人たちは自分の感情を隠すことで、自分を守ろうとしていました。しかし、真に自分を守るためには自分の感情を出すことだったのです。「感情を出したほうが好かれる」ばかりではなく、「感情を出したほうが救われる」。
http://morahara.nukenin.jp/99ijime/koseitomasukomitozaikai.htm


愛される対象は同時に憎まれる対象でもあるということ
http://www21.ocn.ne.jp/~sfreud/klein/kyogo/kyogo.htm


【躁的防衛】
 抑うつ的態勢が生じたとき、自我は(より早期の防衛に加えて)、愛する対象を「恋い焦がれる」ということに対して、その本質において対抗するための防衛方法を発達させざるをえなくなる。
これらは、自我組織全体にとって根本的なものである。
抑うつ的な態勢と躁的な態勢との間をゆれ動くということは、正常発達において本質的な部分である。
自我は、抑うつ的不安(自れのみでなく対象の破壊をも心配する不安)に突き動かされて、万能感的かつ暴力的に幻想を構築するが、その意図するところは、ひとつには「悪い」危険な対象を統制し支配することであり、もうひとつには愛する対象を救い修復することである。
これらの万能感的幻想は、破壊的なものも償おうとするものも、最初から子どもをすべての活動や興味や昇華へと刺激して向かわせるのである。
幼児においては、彼のサディズム的な幻想と建設的な幻想と両方の極端な性格が、彼の迫害者の極端な恐ろしさと、もう一方の極においては彼の「良い」対象の極端な完璧さとに相応している。
理想化は躁的態勢の本質的な部分であり、この態勢のもうひとつの重要な要素、すなわち否認と結びついている。
http://humanbeingasap.blog.fc2.com/blog-entry-86.html


* 相手に対する羨望や、認め難い依存欲求を防衛するために、それを外界へ投影して相手を軽蔑・脱価値化し、一方で他者に依存する必要のない満ち足りた存在であると感じようとする。

2011/05/15 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
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