※ 一部工事中。辿りつけないページがあったらゲストブックからご質問ください。

共依存関係

 [ 関連用語
他者に必要とされることで、自分の存在意義を見い出すこと


共依存の特徴


○自尊心や自己愛が少なく、自己の確立ができていない。
○感情の適切な表現ができず、他人とのコミュニケーションが難しい。
○自らを犠牲にして相手を助けたり、世話をしたりする。
○相手の行動や考え方、状況や結果を変えようとコントロールする。
○依存心が強く、一人でやっていけるという自信がない。
○考え方や視野がせまい。
○相手と自分との境界線がはっきりしていない。
○物事を極端にとらえ、白黒主義になりバランスが取れない。
○過去の間違いから学べず、繰り返す
○愛情としがみつきを取り違える。
○相手に問題があるのは自分が悪いからだと思い込む。
○自分の人生の目的や自分がどうあるべきかがはっきりしていなく、
 相手に幸せにしてもらいたいと思っている。  など


共依存とは
共依存を一言でいえば、「他者に必要とされることで、自分の存在意義を見い出すこと」となる。共依存の特徴をよく表現している文章を以下に引用する。

共依存者とは、自己自身に対する過小評価のために、他者に認められることによってしか満足を得られず、そのために他者の好意を得ようとして自己犠牲的な献身を強迫的に行なう傾向のある人のことであり、またその献身は結局のところ、他者の好意を(ひいては他者自身を)コントロールしようという動機に結び付いているために、結果としてその行動が自己中心的、策略的なものになり、しだいにその他者との関係性から離脱できなくなるのである。(加藤篤志)

つまり、自分の内面が空虚で他者の評価を必要とするだけでなく、他者の評価を獲得するために他者を道具として利用する人たちのことをいう。一般的傾向としては、他人の世話を焼きたがる割には、他人に対して不誠実で策謀的な点があげられる。
共依存の特徴には、自己犠牲的な相手への献身があります。これは、一見すると純粋な利他心から出ているような印象を与えますが、その根底には、相手を支配しようとする自己中心的な他者操作が潜んでいます。相手を放っておけないということは、「コントロールせずにはいられない」ということなのです。この「他者をコントロールしたいという欲求」の存在こそが、共依存の本質といえます。

困っている人を見ると、放ってはおけなくて、すぐにでも駆けつける。相手の行き詰まっている問題に対して、意見したり、忠告したり、何かしてあげられることがあることに、わくわくする。相手の悩みが解決されると、内心がっかりする。こうした行為に対して、相手からの感謝が足りないと、怒りを覚える。

共依存者とは、必要とされるを必要とする人です。内心には、自己自身に対する評価の低さがあります。そのために、他者に認められることによって、自己の価値を確認しようと、脅迫的に確かめる行為を行なうのです。(他者は、自分に評価を与えてくれる道具として存在しているに過ぎない。)

したがって、その献身は結局のところ、他者の好意、あるいは他者自身をコントロールしようという動機に結び付いているために、おのずとその行動は自己中心的、策略的なものになり、自己賛美のための同情でしかないことを相手に見抜かれ、期待していた賛美が得られないこともあります。相手の不幸を肥やしにして、自らを輝かせようとする醜悪な姿を、相手に見せ付けてしまうのです。
自分をたいせつにする心理学 共依存の本質


対人依存のしくみ


怖いのは、対人依存から「共依存」に転じてしまう可能性があるということです。
世話をすることで安心を得ようとする「世話型依存」の人と、
人から世話をされることで安心するタイプの人とが出会うと、
お互いにもたれ合って一緒に堕ちていく
「共依存」の状態に陥る可能性があります。

お互いに気持ちの良い状態を築けるわけですから、
離れたくても離れられないという関係に…。
逃げようという強い意思があれば容易に逃げられるのに
その場を動こうとしない、緩い首輪につながれた犬。
対人依存は、ちょうどそんな状態なのです。
対人依存のしくみ


優しく世話をし、自立心を奪い支配下に置く


機能不全家庭で育ったためにガードが高く防衛心が強く、その結果とてもさびしい彼らは、孤独から逃れるために、自分をおびやかさない相手を見つけると、その相手にしがみつきます。それは自分より弱い人であったり、自分に頼ってきたり、自分の世話を必要とする人です。そういう相手を、自分から離れられなくなるようにコントロールしていきます。

相手にベタベタとまとわりつき、サービスしたり、世話をしたりつくしたりして、一見「親密」な関係をつくろうとします。けれども、それは本当の親密さや本当の愛情ではなく、自分のそばから離れないペットに仕立てあげようという「支配欲」なのです。本人が子供時代に「お前のためを思って」という言葉で心に侵入され、そういう関係が「愛情」だと思っていますから、「あなたが好きだから」「キミのためを思って」という言葉で相手を支配しコントロールし束縛します。

相手がいつも自分のコントロール下にいないと不安だという人は、結局、その嫉妬心と束縛で、生き生きとした相手の感情を殺してしまいます。

支配しコントロールするほうは、それが愛だと思っています。支配されるほうもそれを愛情だとかんちがいするところから、次の支配がくり返されます。それは愛情ではなかったと認めるところから、マインドコントロールを解く作業が始まります。

「インナーマザー」 斎藤学
共依存者のやっていることは、相手のためにと言いながら、自分の思いどおりに相手を操作することです。本当は自分に依存する他者の欲求などどうでもいいのです。自分の欲求充足こそ先決なのです。

自己犠牲に見せかけた対象支配の快楽とは、相手は自分の手のひらの上で生きているだけであり、その気になれば握りつぶすことも可能な存在であるという、「自分が偉い人間になった」という気分です。共依存は依存ではなく、ケアや愛情という美名の陰に隠れた支配です。

共依存者は相手を無力化させ依存する存在として飼うことで支配します。私を離れては生きていけないのよとつぶやくことで支配します。世話を焼き、半人前扱いすることで相手から価値の収奪(貶め、自信を喪失させる)を行います。環境整備型権力ともいうべき支配により、相手がすすんで無力化し自信を喪失していくように関係を仕組んでいくのです。

共依存者には、相手のエネルギーを自分より低い状態にとどめておくことでパワーを獲得しているなどという自覚はありません。むしろ正反対の、どうしようもない人間を見捨てないで援助し続ける自分は、やさしく正しく思いやりに満ちた存在であると自己認知しているに違いありません。

パターナリズム
コントロールしたがる者の多くは自分が必要とされなくなることを恐れているため、子供の心の中に非力感を植え付け、それが永久に消えないようにと望みます。表面的に見れば、それは子供を自分に依存したままにさせておこうとする行為ですが、実は自分が子供に依存していることの裏返しなのです。
「お前のためを思って…」と言い、相手を自分のいいなりにしようとする人がいます。「お前のため」と恩を着せつつ説教や指図をするのが大好きな人がいます。

私たちのこころのなかには、「他人を助けてあげられるような人物になりたい」という救世主願望があります。自分が役に立つ有能な存在であることを確認したい。そのためには、相手を無能にして、いつまでも依存させて、自分を必要とさせておく。そうして「つねに援助者でありつづけたい」と願うわけです。

その人のやっていることは、自分の劣等感から出た行動でしかありません。劣等感が強いから、自分の力を相手に誇示したにすぎません。

メサイア・コンプレックスを持つ劣等感の強い人は、相手をほっておけません。自律心ができて、はじめて、相手をほっておけるようになります。劣等感の基礎は依存心です。自分一人で立っていられないからこそ相手を必要とします。しかも、その相手に対して自分はより偉い立場にいなければなりません。愛情からではなく、自分の力を誇示するために親切をしているという自覚が本人にはありません。依存心が強くて欲求不満な人間であればあるほど、自分の親切を純粋なものと思いこんでいます。

メサイア・コンプレックスの強い人は、相手にからみつきます。不良が因縁をつけるように強引に干渉してきます。そして思い通りにならないと相手に憎しみを持ちます。

愛情のある人が持つ気持ちに「人を喜ばしたい」というものがあります。同じ気持ちを、最も卑怯な人間も自己確認の手段として最後に頼ることがあります。その場合必ずその後心の底で相手に感謝を要求します。愛情から”人を喜ばした”人は相手に感謝を求めません。相手が喜んでいる姿を見て、ただ「ああよかったー」と感じて幸せになるだけです。卑怯な人は自分の無価値感を克服するために人を利用しているのです。感謝されることで自己重要感が味わえるからです。

自己中心的な人は自分が「独善的に」「誠意」をつくせば相手も自分に誠意をつくすのが当たり前と感じています。そして自分の期待した反応がないと「自分がこんなにしているのに」と相手に不満を持ちます。「私がこんなにしているのに」と不満を持ちますが、周囲の人に言わせれば「お前にしてくれとは頼んでいない」ということです。

「自分は親切な人間である」と証明する



「相手の人生は私がいなければ成り立たない」という誇大妄想


無力感や劣等感に苦しむ男性が、求めるものは“頼られる”ことです。頼られることによって、その人は無力感や劣等感から解放されます。それに何よりも相手から感謝を期待できます。無力感に悩む者にとって、他人からの感謝ほどうれしいものはありません。「自分がいなければあいつはまだダメだ」と思うことは、気持ちの安定をその人にもたらします。
自分に自信がない人間は相手になにかをしてやり、相手からも感謝されることで自分の存在を確認しようとします。そのうえさらに相手に感謝を要求します。

他人の賞賛によって、自らを支えようとする人は依存的です。彼らは、人に干渉することを親切とか愛情とか思いやりなどいろいろの言葉を使って正当化します。他人に大変な関心を持っているような顔をしていますが、相手を一人の人格者として尊重しないという本質的な意味で無関心であり、自らの欲求充足の手段としてしか他人を見なしていない例が多いのです。
不幸な人を見ると喜んで世話をします。しかし相手が幸福になることを決して許しません。その人は不幸な人を世話することで、自分の無価値感を克服しようとしているからです。相手が不幸であるからこそ自分の支配欲が満たされ、自分の優位が確立されます。搾取的な構えの人は、不幸な人が幸せになろうとすると妨害します。

彼らの一時的な親切は、「少しでも『自分の方がましだ』と思える立場にいたい」という動機にもとづいています。だから不幸な人間は格好の餌食になります。なぜなら、自分より不幸な人間がいて、自分をはげましてくれる不幸な話を聞かせてもらえるからです。自分より不幸な人間を見ていることでプライドが癒されるのです。



共依存チェック


共依存チェック


2011/05/18 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
[ 関連用語 ] ... 同じカテゴリの記事(ランダム表示)
[ メイン記事 ]
  1. モラハラ加害者の特徴[原因と詳細]
  2. モラルハラスメントとは
  3. 被害者の特徴
  4. 被害者の症状 どうなってしまうのか
  5. なぜ誰も気づかないのか
  6. モラハラ対策、解決方法

「共依存関係」へのコメント


お気軽にコメントをどうぞ。

 
  任意 : 後から修正や削除ができます。

「共依存関係」にトラックバックする

共依存関係へのトラックバックURL

リンクタグ:
<a href="http://mora110.blog.fc2.com/blog-entry-31.html" target="_blank">共依存関係<a>

この記事にトラックバックする (FC2ブログユーザー限定)