このページの記事目次 (カテゴリー: モラハラ・自己愛 14 件)

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自己愛性人格障害 診断 DSM‐Ⅳテスト

 [ モラハラ・自己愛

DSM‐Ⅳによる自己愛性人格障害の診断基準


NPD(Narcissistic Personality Disorder)
誇大性(空想または行動における)賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち、5つ(またはそれ以上)で示される。

1. 自己の重要性に関する誇大な感覚。自分の業績や才能を誇張する。
2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
3. 自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人(権威的な機関)にしか理解されない、または関係があるべきだと信じている。
4. 過剰な賞賛を求める。
5. 特権意識、つまり特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
6. 対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
7. 共感の欠如。他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
9. 尊大で傲慢な行動、または態度。


自己愛性人格障害者


※わかりやすく書き換えたもの
自分は特別な存在と思い込んでおり、周りが便宜を図ったり、賞賛し、自分を特別扱いするのは、当たり前だと考えています。

①自分には世間の人が気付いていない才能や優れた点がある
②大成功して有名になることを夢見ている
③自分には人とは違ったところがあり、特別な人間だと思う
④周囲からの賞賛が何よりも励みになる
⑤多少の無理でも、自分の望むことはたいてい聞いてもらってきた
⑥欲しいものを手に 入れるためなら、他人を利用したり、言いくるめる自信はある
⑦自分勝手で思いやりのないところがある
⑧友人や知人の幸せは、内心、妬ましい
⑨態度が大きい、プライドが高いと思われている

この内、5項目以上に当てはまれば、自己愛性パーソナリティと判断してよいです。
自己愛性人格障害の特徴と成因


「外(自分以外のあらゆる存在で、他人のみならず世間一般の常識・価値観なども含まれます。)から肯定されることによる自尊心の維持をめぐってパーソナリティが構成されている人々」のことを表す精神分析の用語です。
そして、この定義には次の2つの意味が含まれています。

1. 脆弱で揺らぎやすい自尊心
2. その脆弱な自尊心は、もっぱら他者から肯定的に評価されることよってのみ維持される。

したがって自己愛性人格および自己愛性人格障害の人々は、常に他人や世間の評価に影響されやすい状態にあるといえます。
具体的には、肯定的な評価を得られた時は過剰な自信に満ちて尊大な態度に、そうでない場合は自信を喪失し抑うつ状態に、と心の状態が二極分化しがちになります。(障害が重度になるほど、分化も激しくなります)。


パーソナリティ障害とは


パーソナリティ障害とは


「偏った考え方や行動パターンのため、家庭生活や社会生活、職業生活に支障をきたした状態」
専門的定義「著しく偏った内的体験や行動の持続的様式」(DSM-Ⅳ)

すべてのパーソナリティー障害に共通する基本症状
1)両極端で単純化した思考パターン(認知)に陥りやすい。
2)自分と他者の区別があいまいで、自分と他人の問題を混同しやすい。
3)人と長く続く信頼関係を保ちにくい。
4)プライドと劣等感が同居している。
5)暴発や行動化を起こしやすい。


■自分に強いこだわりを持っている
口に出していうかいわないかは別にして、パーソナリティ障害の人は、自分に囚われている。それが、すばらしい理想的な自分であれ、みすぼらしく劣等感にまみれた自分であれ、自分という強迫観念から逃げられないのだ。自分についてばかり語りたがる人も、自分のことを決して他人に打ち明けない人も、どちらも、自分へのこだわりという点で同じである。

■とても傷つきやすい
健康なパーソナリティの人には、何でもない一言や些細な素振りさえ、パーソナリティ障害の人を深く傷つける。軽い冗談のつもりの一言を、ひどい侮辱と受け取ってしまったり、無意味な咳払いや、雨戸を閉める音にさえ、悪意を感じて傷つくこともある。

■対等で信頼し合った人間関係を築くことの障害
それは、さらに、愛すること、信じることの障害にもつながる。どのタイプのパーソナリティ障害でも、愛し下手という問題を抱えている。尽くす愛、溺れる愛、貪る愛、押しつける愛、試す愛、愛せない愛... そのタイプはさまざまだが、愛の歪みやバランスの悪さが、当人を、あるいはパートナーや家族を、安定した幸せから遠ざけるという点では、同じである。

■子ども時代の課題を乗り越えていない
パーソナリティ障害の人は、たいていどこか子供っぽい印象を与えることが多い。それは、彼らが子ども時代の課題を乗り越えておらず、大人になっても、子供のような行動をとってしまうためである。人はそれぞれの段階の欲求を十分に満たし、成し遂げるべき課題を達成して、はじめて次の段階に進めるのである。パーソナリティ障害の人は、その意味で、いまだに子供時代を終えていないともいえるだろう。



人格障害の全般的診断基準


 人格障害を診断する際には、以下の条件を満たす必要がある。

  A.その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および
   行動の持続的パターンであり、それは以下の2つ以上の領域に表れる。
   (1)認知(自己、他者、および出来事を知覚し解釈する様式
   (2)感情(情動反応の広がり、強さ、不安定さ、適切さ)
   (3)対人関係機能
   (4)衝動コントロール
  B.その持続的パターンには柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。
  C.その持続的パターンによって、臨床的に明らかな苦痛、または社会的、職業的もしくは
   他の重要な領域における機能障害を引き起こしている。
  D.そのパターンは長期間安定して持続しており、その始まりは遅くとも青年期もしくは
   小児期早期までさかのぼることができる。
  E.その持続パターンは、他の精神疾患の表れ、またはその結果では、説明されない。
  F.その持続的パターンは、薬物(薬物乱用や投薬)の作用や一般身体疾患(例えば頭部外傷)
   の直接的な作用によるものではない。


Aは 一般性を逸脱している 常識を外れているの意
Bは 環境に左右されず頑固にその性格が持続してるの意
Cは それが社会や自己に苦痛を与えているの意
もしそれが有益な作用をもたらすもの(芸術や宗教等)であれば
有益なんだから問題にするところではないとなる
Dは 幼少期から続いている性格という事
EとFは なんらかの事故でそうなった類のものではなく
はじめから純粋にそういった性格を持ち合わせているということ

2012/02/03 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
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夫婦恋人間のモラハラチェックまとめ

 [ モラハラ・自己愛

◆モラハラ度チェックシート◆(セルフチェック)


(1)「お前といると本当に疲れる」「こんなに簡単なことが分からないの?」などと口にする
(2)疲れていたり気分が悪いときは、無視することもある
(3)気に障るが、怒るのも面倒で、ため息や舌打ちをすることも
(4)子どもや友人の前で笑いものにしたりバカにしたことがある
(5)家では家長である自分が一番偉い。妻は尽くすのが当然
(6)一緒のとき妻がつらそうな顔をする。あまり笑わずしゃべらない
(7)「どうして?」「言っていることが分からない」と追及する
(8)妻や恋人は自分より低能だと思っている
(9)相手の趣味や特技が理解できない。正直くだらない
(10)自分以外の人間とは接触しないで欲しいのが本音


モラハラ予備軍チェックリスト(R25)


1.自分と価値観や立場の違う人を理解しようとしない
2.他人の成功話や幸福なニュースを嫌がる、見下す
3.疑い深い
4.店員や後輩に偉そうな態度をとる
5.周囲にも自分のやり方を押し付けがちである
6.素直に謝ることがなかなかできない
7.誤りを指摘されたり、反対意見を言われたりすると怒る
8.自分に不利な状況になると逃げ出したり人のせいにしたりする
9.趣味やストレス発散法を持っていない
10.相談できる友人やコミュニティを持っていない
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20130306-00028611-r25


モラハラ度チェックリスト


1. 出された食事が気に入らない時、別の物を食べる。
2. 妻の趣味、特技が理解できない。くだらないと思う。
3. 「どうして?」「こんなことも分からないの?」と言う。
4. 体調は、悪くても妻なんだから家事は、すべき
5. 言い訳、反論されると「そうやって俺を非難するのか?」と言う。
6. 家の中がきちんと片付いていないと不完全なところを探し
   「一体毎日何をしているのか」と皮肉、嫌味を言う。
7. 妻の前でため息や舌打ちをする。
8. 妻が楽しそうにしていると不愉快になる。
9. 妻に長時間、説教することがある。
10. 「誰のお陰で生活できるんだ」と言う。
http://caffee.blog69.fc2.com/blog-entry-16.html
(9月15日テレビ朝日スーパーモーニングで放送)


モラハラ度のチェック項目


 1.付き合う前は本当に優しくふるまう
 2.地位が高い又は収入が多い
 3.プライドが高い
 4.何と言っても外面が良い
 5.平気でウソをつく(都合のいい妄想)
 6.後だしジャンケンで必勝(会話の仕方)
 7.気が小さい事を隠してる
 8.食事にうるさい
 9.こだわりが多い・細かいことに異常にこだわる
10.結果的に妻(☆こころ☆や他人)のせいにする・全部人のせい
11.「お前は何をやっても駄目な人間と言い続ける
12.相手や相手の周りの人をバカにする。
13.嫉妬深い
14.怒ると別人→人格の豹変
15.どケチ
16.自分の意見が絶対
http://k-k-r.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-d24b.html


「加害者とは」


① 家の中のことは、すべて自分中心に回らなければならないと思っている
② 人と比べて自分がいかに優れているか自慢する。
③ 人を利用することを何とも思っていない。利用できる人間だけを尊重する。
④ 家族が病気になっても無関心、あるいは病気になった人の自己管理が悪いと言う。
⑤ 人が楽しいことをしていると不機嫌になる。辛かったり悲しかったりすると機嫌がよくなる。
⑥ 嫉妬心が強く、人の行動を制限したりチェックしたりする
⑦ 話し合いを拒否する。話し合いをしても常に自分が正しいという態度。
⑧ すぐバレるような嘘を平気でつく。
⑨ 外面が異様にいい。
⑩ ケチであるが、自分の好きなこと(好きな人)には、大盤振る舞いする。
⑪ 家族旅行が大好きだが、行き先は自分が行きたいところしか認めないし、
   食べたいものもつねに自分が優先。
⑫ 食事に対して異様に執着する。健康管理も異様に気を遣う。
   だが、家族のことは基本どうでもいい。
⑬ 冠婚葬祭が好き。形式張ったことが大好きで省略は許さない。
⑭ 自分が世界で一番偉いと思っているので、誰かに教えてもらったりするのが大嫌いである。
   反面、人に教えるのは大好きである。
⑮ おだてに弱い。

モラル・ハラスメント被害者同盟
http://www.geocities.jp/moraharadoumei/kagaisha.html


DVをする人、またはその傾向がある人を見分けるためのチェックリスト


* 男とはこうあるべき、女とはこうあるべきなど「あるべき」思想が強い
* 「女のくせに」「女が偉そうに」「これだから女は」などと発言する
* 「やってあげる」「してやってもいいよ」など、いつも上から目線である
* 「心配だから~しないで」「○時には家に帰ってなきゃダメだよ」などと、優しさを装って行動を管理しようとし、その約束が守られないと激怒する
* 「君は何のためにやっているんだ」などと、説教することが多い
* 「○○との付き合いはやめた方がいい」など、交友関係に口を出す
* 「今日は何してた?」「明日は?」「明後日は?」「誰と会うの?」などと行動を監視する発言が多い
* あなたが自分以外の人と楽しそうに話しているのを見ると不機嫌になる
* 待ち合わせの時間に少しでも遅れると不機嫌になる
* 些細なことでイライラし、そのオーラを積極的に発散。威圧し、緊張させようとする
* 自分が興味のあることには熱心だが、相手の好みや興味にはあまり関心を示さない
* 急に黙り込んだり、無視したり・・・。「何か悪いことしたんだろうか?」と不安になる場面が良くある
* 「誰とでも自由に遊びに行けばいいよ」などと寛容なことを言うが、実際他の人と出かけると不機嫌になるなど、2重のメッセージを言う
* 些細なことで怒鳴ったり、物に当たったりする
* 人が傷つくことを平気で言う。「だって事実だから・・・」など
* 「あいつはダメだ」など、上司や同僚、友人などを批判することが多い
* 学歴や職種、肩書などで人を見ることが多い
* 「どうせ俺なんか」と言うなど、自己評価が意外と低い
* なぜか友達がほとんどいない
http://www.mental-gifu.jp/article/14159367.html


モラハラ加害者の特徴


モラハラ男は、外面が良く仕事も出来て親切。
頭も良く周囲に気配りもし、優しい印象で一見「良い男性」なことが多いのです。
つまり、女性から見て、付き合いの浅い頃は「良い男性」に思えてしまうので注意が必要です。

1. うぬぼれが強い
単純にいうと、自分は優れた何かを持っていると勘違いしているナルシストタイプです。
「俺は友人の中で一番歌がうまい」とか「俺は特別だから、きっとBIGになる」などと過度に自分を高くみせようとするタイプの男性です。
具体的な根拠がないため、理屈は通用しません。

2. 賞賛を求める
常に誰かに褒められていないと不安になり、苛立ったりします。
「お前に認められたいんだよ」などの発言を繰り返し、必要以上に誰かに認められたいとか褒められたいと思ってる男性には注意が必要です。

3. 特別視してほしい
自分が注目されていないと、機嫌が悪くなっていたり意気消沈していないでしょうか。
飲み会など団体で行動している場でこの性質をチェックしてみてください。
モラハラ男は、注目されていないと途端に不機嫌になっています。

4. 自分より格下の人とばかり付き合いたがる
後輩とばかりつるむ。
友人でも自分より「何か」が格下の男性ばかり。
モラハラ男は非常にプライドが高く、嫉妬深いのが特徴です。
自分が批判されることを非常に嫌い、そういう場に自分を置きたがらない傾向があります。

こういうタイプの人は特別視してほしいために、自分にとって都合のいい友人ばかりを好む傾向にあります。
ワガママや無理難題をいっても叱らずに聞き入れてくれそうな友人と親しくします。
よって、何でも言うことを聞く彼女でいることを求めてきます。

5. 嫉妬深い
他人の状況や環境を過度に羨ましがり、粗探しばかりします。
基本的に自分以外の人間は認めません。
また、自分は過度に嫉妬されていると思っています。
「あの人は○○なのに××してもらって羨ましい」などの発言があまりにも多いようなら注意しましょう。

6. 非現実な妄想がある
現実できそうにない、または努力していないのにも関わらずそれが訪れるような発言をします。
例えば「俺は有名なロックスターになるから、東京ドームが満員の一流スターだぜ」と楽器もろくに扱えないような男性が言っていると、かなり危険です。
妄想が暴走しているので、現実的な意見を述べても聞き入れてもらえません。

7. 批判に過敏
少しでも自分を否定するような言葉があれば過剰に反応します。
自分に非があったとしても「なぜ、そんなことを言うんだ」と返してくることでしょう。

8. 親に対する態度が非常に高圧的
電話口などで、他の人にはしない偉そうな口調で話していたら、要注意です。
その態度は、結婚してからのあなたへの態度に確実になります。

9. 自分に対する評価を異常に気にする
誰が何を言ってたかを執拗に聞いてきたり、自分が失敗したことがあれば、くどくどと正当性を主張する傾向があります。
自分への自信の無さが、外面が良いことへ繋がっていると考えられます。

10. コンプレックスがありそうな容姿なのに自信ありげな人
不細工なのに自信たっぷりで自慢話ばかりしている人。
コンプレックスを払拭することと自尊心を満たすため、自分より常に下の立場の人を見つけようとし、女性関係に対しても同じ傾向があります。


モラハラ


近づきコントロールして搾取と破壊をする

1同情で気をひく(誰がすがり付いて助けを求める子供の手を振りほどけようか)
2心配する貴方に子供のようにあたる
3自分は優れた人間とのアピール
4つまらないところから少しづつ貴方の人格を否定し「彼ら」の物言わぬ要求が始まる(精神への圧迫)
5距離を操作し、自分から離れないように様々な手法をこらす(支配の開始)
6憤怒を見せ、貴方を支配下におけるかどうかの判断をする
7「彼ら」の「許し」にあい、貴方はちょっとしたことでも怒りを我慢し、「彼ら」につくすようになる
8支配下においた貴方の人格を破壊する(破壊の開始)
 もともと彼らが貴方に近づいたのは、貴方への「羨望」のため。貴方の「優れた特質」を自分のものにしたいがため。
 但し、「彼ら」が得られることはないので、最後の時期は「愛情や親愛」が「憎しみ」に変わったのではなく、「羨望」が「憎しみ」に変わっただけだ。

彼らの行動パターンがわかれば、1の段階で、相手は「大人」の顔をしているので、「手を振りほどいて」欲しい。
または、4までの段階で距離をとって欲しい。


モラハラ加害者にありがちなこと。


・加害者は対外的には「真面目」「誠実」「優しい」などと思われており本人もそう自負している。
・対外的には、加害者は被害者を認めており好意的に見える。が、時折被害者側に問題があるようなことを言う。例えば「自分は相手を認めているが、相手は自分に不満があるようだ」と言い、「えーっ、○○さんはこんなに優しいのに、配偶者は何が不満なんでしょうね」などと言われると非常に満足する。
・必ず「相手のためを思った忠告」を装う。
・自分が苛立っているのはすべて相手に理解力がないせいであると言う。
・相手より自分の方が格上であることを主張する。例えば知識なら自分の方が博識だとか学歴があるとか。例えば仕事なら自分の方が上司だとか経験があるとか。それをないがしろにされると腹を立てる。
・言うことを聞かないと不利になるぞ、と暗にプレッシャーをかける。「自分を本気で怒らせない方がいい」とか「それ以上はお前に不利だぞ」とか「本当のことを周囲が知ったらお前が困るぞ」など。
・相手を糾弾する時だけはやたら具体的。
・そのくせ「最終目的」はあいまい。どうすればいいかと聞かれても答えない。「前に言ったはず」「自分の胸に手をあててみれば分かる」「何度も言わせるな」「自分はヒントをあげた」など。
・簡単に謝罪されると腹を立てる。「心がこもってない」とか「真剣に考えていない」などと言う。
・いつまでも謝罪がない、態度が軟化しないと腹を立てる。相手の理解力のなさをなじる。
・やっと謝罪される、態度が軟化すると、今更遅いと腹を立てる。自分がいかにストレスを感じたか並べ立てて責める。
・目的は「相手の謝罪を得ることではない」ので、非難するポイントを変えて延々と続ける。
・相手の要求には応えない。何故なら応えて「あげる」必要がないから。
・要求に応えて「あげた」時にはやたら恩に着せる。
・相手が無視をすると不誠実だ無責任だとなじり、無視できない状況を作ろうとする。そのために暴力的になる。
・周囲には、自分はこれだけ心を尽くしたのに相手に裏切られた、などと言う。
http://h.hatena.ne.jp/more_white/9259270835778072172


マニュピレーターの30の特徴


1. 家族の絆や友情、愛情、職業的良心などを盾に取って、ほかの人々に罪悪感を抱かせる。
2. ほかの人々に、常に完璧でなくてはならず、決して意見を変えてはならないと思わせる。また、あらゆることを知っていなければならず、欲求や質問にはすぐに答えられなければならないと思わせる。
3. 自分の欲求を満たすために、ほかの人々の道徳的な信条(礼儀正しさ、ヒューマニズム、連帯責任、半人種差別主義、善良、<母親のあるべき姿>など)を利用する。
4. ほかの人々の性質、能力、人格を疑う。批判し、けなし、裁く。
5. 嫉妬する。それも他人に対してだけでなく、自分の子供や配偶者に対しても嫉妬する。
6. 私たちに気に入られようと、お世辞を言ったり、プレゼントをしたり、ちょっとした世話を焼いたりする。
7. ほかの人の同情を引くために、犠牲者であるふりをする(病気を大げさに言う、周囲の状況の難しさを強調する、過労だと言うなど)。
8. 自分の責任をほかの人々に押し付ける。
9. 自分の欲求、感情、意見などをはっきりと伝えない。
10. あいまいな答え方をすることが多い。
11. 会話の途中で、主題をまったく違うものに変えてしまう。
12. 対話や会合を避ける。
13. 人や物を介してメッセージを伝える(直接云うかわりに電話で言う、メモを残しておくなど)。
14. 自分の欲求を隠すために、一見論理的な理由を持ち出す。
15. 人の言うことをゆがめて解釈する。
16. 自分に対する批判を認めようとせず、明白な事実も否定する。
17. 暗に、あるいはあからさまに脅す。
18. 自分の影響力を強くするために不和の種をまき、疑いを生じさせ、人々を仲たがいさせようとする。
カップルの仲を引き裂くことさえある。
19. 相手や状況によって、意見、態度、感情などを変える。
20. うそをつく。
21. ほかの人々の無知に付け込んで、自分のことを優れていると思わせる。
22. 自己中心的である。
23. 云うことは論理的で筋がとおっているが、その態度や行動や生き方は、それとは正反対のものである。
24. しばしば、ぎりぎりのときになってから、頼みごとをしたり、命令したり、ほかの人々に行動させたりする。
25. ほかの人々の権利や欲求、要求を考慮しない。
26. ほかの人々の要求に対して(口では関心があるように言っていても)無関心である。
27. 周りの人々に不安や不自由さを感じさせる。
28. ほかの人々に、自分の意思ではしないようなことをさせる。
29. 自分の目的を達成する能力があるが、そのためにほかの人を犠牲にする。
30. その場にいないときでも、絶えず人々の議論の的になる。
「こころの暴力 夫婦という密室で」

2012/02/07 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
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自己愛性パーソナリティ障害 資料

 [ モラハラ・自己愛
自己愛性パーソナリティ障害(じこあいせいパーソナリティしょうがい、英 : Narcissistic personality disorder ; NPD)とは、ありのままの自分を愛することができず、自分は素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込むパーソナリティ障害の一類型である。

自己愛性パーソナリティ障害と診断される人々は、自己の重要性に関する不釣り合いな感覚に特徴付けられる。彼らはその信念や行動において、誇大性を示し、またその権利があるという感覚を有している。彼らは称賛を強く求めるが、他方で他者に対する共感能力は欠けている。

一般にこれらの性質は、強力な劣等感および決して愛されないという感覚に対する防衛によるものと理解される。背後には茫漠たる自己不信が控えており、自分を愛することができないことが、様々な困難と生き辛さを生み出す障害である。
Wikipediaより


自己愛性パーソナリティ障害の症状


* 人より優れていると信じている
* 権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす
* 業績や才能を誇張する
* 絶え間ない賛美と称賛を期待する
* 自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する
* 人の感情や感覚を認識しそこなう
* 人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
* 人を利用する
* 劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
* 嫉妬されていると思い込む
* 他人を嫉妬する
* 多くの人間関係においてトラブルが見られる
* 非現実的な目標を定める
* 容易に傷つき、拒否されたと感じる
* 脆く崩れやすい自尊心を抱えている
* 感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える


自己愛性パーソナリティ障害とは自覚のない精神病者


フランスの精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌ氏は、
著書『モラル・ハラスメント』のなかで、
加害者を「自己愛的な変質者」「症状のない精神病者」であると語っています。

モラル・ハラスメントを行う加害者は、
幼少期に精神的に貶められた経験から転じた自己愛性人格障害の持ち主であり、
自ら症状を自覚していない人であるということです。

・いつも自分が優位に立ち、賞賛が得られないと気がすまない
・他人の気持ちに共感することや、心を通わせあおうという気持ちがない
・他人にあこがれて近づいても、すぐに嫉妬で心がいっぱいになる
・他人をほめることをしない。欠点をあげつらい、いつも悪口をいっている
・自分の考え方や意見に異を唱えられることをいやがり、無条件に従うことを要求する
・自分の利益のためなら、他人を平気で利用しようとする
・自分は特別な人間だと思っている


自己愛性パーソナリティ障害の特徴


モラハラを行う加害者は自覚の有無を問わず、以下のような特徴を持っていると考えられています。

1.相手に対する自分の要求や希望、生活リズムをあくまで貫き通そうとする自己愛的(自己中心的)な行動原理。
2.自分ひとりでは有意義な時間を過ごすことができない孤独耐性の低さと見捨てられ不安。
3.他者の内面(気持ち)や事情、苦痛(病気)に対する根本的な無関心と思いやりの欠如。
4.相手に対して優位な立場に立って、相手を間接的な言葉や態度(相手を不安にさせたり罪悪感を感じさせたりする言動)でマインドコントロールしようとする支配欲求。
http://s.webry.info/sp/charm.at.webry.info/201303/article_7.html


自己愛性パーソナリティ障害の言動・価値判断


自己愛が過剰な人の自己評価に関係する言動・価値判断は、以下のような特徴を持つ。

1.自分の欠点や短所・失敗を受け容れられず、無理に覆い隠そうとしたり、虚勢を張って自分を実際よりも優れているように見せかける。

2.他人の成功や長所・魅力を受け容れられず、強引な粗探しをして他人に同調を求めたり、自分よりも優れた要素のある人物の近くには近寄らない。

3.ポジティブな賞賛やみんなが関心を持てる話題よりも、ネガティブな批判や自分の自慢の話題を好む。

4.自分と他人を比較して、どちらが優れているか劣っているかに異常にこだわり、他人に『自分の優位性』を認めるような言葉・態度を求める。

5.人間関係の選択基準が、『自分を肯定(賞賛)してくれる相手か否か・自分の自慢や権威づけに役立つ相手かどうか』ということに偏る。
http://charm.at.webry.info/201003/article_11.html


『モラルハラスメントをする人(加害者)の言動』と『クラスターB(B群)の各パーソナリティ障害』との相関


1.『自分は業界一位の大企業に勤めていて影響力がある・これまで同世代では抜きん出たプロジェクトを任せられて出世頭だ・自分は学歴も職歴も有能で凄い』など自分の能力やキャリアを誇大に言い回ったり、自分の自慢できる要素と比較して相手の価値を貶めたりする。聞いている相手の反応・顔色を気にしないので、場の空気を読まず他人への配慮もしない。

2.『もっと高いポストを得たい・私はこんな所で終わる人間ではない・自分の才能を最大限発揮できる職場に行きたい・俺はもっと愛されて大切にされるべき人間だ』などの権力や成功、地位、才能に対する欲求が強い。自分を特別な人間として取り扱って欲しいという間接的な意思表示をしたり、相手を自分の思い通りにコントロールしようとする。

3.『私のことをもっと評価して欲しい・私は不当に他者から貶められている・自分だけが仲間はずれにされたり意地悪をされている』などの過大な承認欲求や自分だけが不当に扱われているという被害妄想が見られる。

4.『あいつは本当はダメな奴だ・実力なら私のほうが上なのにあの人は不当に高く評価されている・どうしてあいつだけがいい思いばかりするんだ・どうせ自分は運が悪くていいことなんかない・他人から嫉妬されたりやっかまれて足を引っ張られる』など他人に嫉妬したり、逆に他人から嫉妬されているという妄想を抱く。

5.『そのくらいの風邪は大したことないよ・私なんかもっと酷い怪我をして大変だったよ・仕事に比べれば家事育児なんて簡単なもんだと思うけど(私に比べたらあなたは楽で羨ましいよ)・その程度できついとか大変とか言ってたら社会じゃ通用しないぞ・病気になっても這ってでもやるべき仕事はしないといけないんだ』など、他者に対する共感性が著しく欠如していて、思いやりのない言動をする。また、相手が苦痛や不調について訴えていても、自分の経験談や説教めいた苦労話にすり替えたりする。

6.『それは君が間違っているよ・なんでそんな簡単なこともできないの・本当に何をやってものろくてダメだな・そんなんじゃどこに行っても通用しないよ・いつまで経っても上達や進歩がないんだね』など、“上から目線での審判的・説教的な物言い(=傲慢で支配的な言動)”が多いために、話し相手に重圧感・不快感を与えているのだが、そのことに対する自覚は極めて乏しい。

7.自己評価が低くて見捨てられ不安が強いために、表面的には優位に立って支配しているように見えても、『頻繁なメール・電話の連絡』などを要求して、相手の行動や時間の自由を過度に束縛しようとしたりする。

8.相手が自分の思い通りの反応を示してくれなかったり、自分の干渉的な言動を相手にしてくれなかったりすると、途端に抑うつ的に落ち込んだりヒステリックに怒ったりするような『情緒(感情表現)の不安定性』を示す。その結果、相手に自分の顔色を伺わせたり気を遣わせるように仕向ける。

9.相手が『自分の言うこと』を聞く場合には笑顔で賞賛・評価をするのだが、自分の言うことを聞いてくれない場合(相手が思い通りにならない場合)には、不機嫌な表情をしたり暴言を吐いたりする。対人関係が不安定で気を遣わなければならず、他人に対する評価が『賞賛(褒め殺し)』と『非難(こき下ろし)』で両極端に変わる傾向がある。

10.他人と常に関わっていないと、自分の存在意義が維持できず孤独感(見捨てられ不安)に圧倒されそうになるので、相手が別れようと決断すると『狂気的なしがみつき(なりふり構わない引き止め・謝罪と泣き落とし)』を見せることが多い。自己アイデンティティが拡散しており、自分が何者であるのかの自己確認を、『他人との力関係(支配・従属)』によって確認しているところがある。

11.仮病・心配・誇張・噂話などの演技的な言動をしてみたり、大げさに自分の感情や都合をアピールしたり、あからさまな嘘を堂々とついてみたりすることで、相手の注意・関心を自分にできるだけ引きつけようとする。相手の興味や活動が自分に向いていないことが耐えられず、常に自分への語りかけや承認を必要としている。

12.『自分の苦しみ・寂しさ(孤独)・つらさ』の感情は強くアピールしてくるが、『他者の苦しみ・悩み・疲れ・ストレス』を推測して理解することができないため、思いやりやデリカシーがない(この人に話しても無駄だ、何を言っても通じない)と思われがちである。重度のモラルハラスメントになると、相手の不調・病気・困難を無視する『共感性の欠如・他者の内面や事情に対する無関心』が見られるために、人間関係そのものの修復が極めて困難になる。
http://s.webry.info/sp/charm.at.webry.info/201303/article_8.html


自己愛性パーソナリティ障害の性格行動パターンと認知・思考の傾向


自己愛の障害全般に共通する性格行動パターンや認知・思考の傾向をまとめると以下のようになる。

■尊大さと誇大性に関する認知・行動パターン
1.無条件の賞賛や無批判な肯定への飽くなき欲求。
2.他者の行動をコントロールしようとする自己中心性。
3.他者の注目・関心を集めようとする露出症的・自己顕示的なショーマンシップ(演技性)。
4.平凡ではない特別な存在であることを望み、平均ではない偉大な存在であることを幻想すること。

■社会的活動に関する認知・行動パターン
1.現実の能力や実績に見合わない高い理想や自尊心を持っているので、実際の仕事では望み通りの自己評価や承認を得られないことが多く、慢性的な不遇感や空虚感を抱きやすい。
2.生産的かつ創造的な仕事に熱心に取り組むことは少なく、他者の尊敬や注目を集める職業や社会活動に表面的に派手に参加しようとする。
3.一時的に優秀な成績を残したり瞬間的に高いポテンシャルを示すこともあるが、長期的な成果を見ると多くは平凡な結果しか出せない。
4.自分自身が本当にやりたい仕事や好きな活動が何か特定することが難しい。

■人間関係に関する認知・行動パターン
1.他者への共感能力の欠如と愛情を注ぐ動機づけの低さ。
2.『理想化(褒め殺し)・こきおろし(脱価値化)』の両極端な対人評価をするので、対人関係が不安定になり良い関係は長続きしない。
3.自己陶酔的な特権意識を持っており他者に自分を特別扱いしたり厚遇するように要求するが、その一方で、他者の感情や権利に対して配慮や共感をすることがない。
4.他者の成功や幸福を認めることができない嫉妬深さと攻撃性。
5.他者に期待を裏切られたり、自尊心を傷つけられる軽蔑を受けた場合の激烈な自己愛的憤怒と復讐感情。

■潜在型の自己愛障害の道徳感情・気分の変化に関する認知・行動パターン
1.自滅的で自己破壊的な無謀な行動。
2.表層的な自信過剰と余裕の背後で、本当の自分が無能で臆病であることが露見することへの不安。
3.恥辱感や屈辱感を回避する為に抑圧されている自己主張と自己顕示性。
4.他人への優越欲求を持ちながらも、苦労や努力を嫌って不正な行為で自己評価を上げようとする謀略。
5.気分がハイになる高揚感と気分が落ち込む抑うつ感を繰り返し経験する『気分の不安定性(易変性)』
http://charm.at.webry.info/200704/article_18.html


ハラスメント加害者タイプ ~ 自己愛型


● 自分自身は質的に他者より優れていると感じている
● 他者を貶めることで、この優越性を維持し補強する
● 自分自身は特別な存在と考えているので、他者の権利や欲求に関心がない
● 他者を上手く利用すること、周りがどれだけ自分に貢献してくれるのかだけを
  基準に考えている
● 部下にはハイレベルな達成を要求するが、その達成に必要な支援などは
  ほとんどしない
● 自分の行為が問題であるとは認識しない。また、よしんば認識したとしても、
  その行為が他人に対してどんなに有害なインパクトを与えるのかについて、
 ほとんど関心を示さない
● 同僚や部下には威張り散らすのに、上司の前では急にこびへつらう
  しかし、上司が去った後は、けなす。
● 自分の味方になってくれる上司だけを偶像化する
● ほんの少数の部下だけを信頼し、忠誠心を持ち続けてもらうために
  彼らのニーズを満たし、その代わりに完全なる献身を要求する
http://www.morahara.com/text/analysis-narcissism.html


細かく特徴を列挙すると、
・非難に弱い。あるいは非難を全く受け付けない。
・小さな過ちであれ、欠点を指摘されることは全てを否定されるように思える。
・非難から逃れられないと悟ると、すべてが台無しになった思いに駆られ、ひどく落ち込む。
・人に教えられるのが苦手。他人に新米扱いされたり、しかられることはプライドが許さない
・成功を収めていても、少しの悪評でひどく傷つく。
・非難によって欠点が暴露されることを恐れて引きこもることもある。
・自らを不遇の天才と考え、かしずく者(親、配偶者)にだけ王の様に君臨して、顎でこきつかう。
・第一印象がとても魅力的で好感を持たれることが多い。
・現実問題の処理が苦手
・対人関係は自分へ賞賛を送るファンたちか、自分の代わりに現実を処理してくれる依存対象の二種類を求める。どちらでもなくなると容赦なく捨ててしまう。
・他者とは特別な存在である自分のために、なんらかの奉仕をする人だと思っている。
・他者に対する共感性の欠如。
・肥大した自己愛的理想と、卑小な現実のギャップに苦しみ、自分の小さな世界に閉じこもったり、対人関係を避けてしまう
・うつ病の2割近くに自己愛性パーソナリティ障害がある。
・薬物乱用の傾向
・自分の才能や能力に他者が妬んだせいで挫折したというような被害妄想を抱きやすい
http://kousyoublog.jp/?eid=801


自己愛性パーソナリティ障害の特長


1. あからさまな傲慢さ
尊大で横柄な、また大げさで相手に軽蔑的な態度をとります。社会生活での慣習や規則をバカにし、自分には愚かで的はずれな規則だとあざ笑います。自分の高潔さを他人が見のがすことには怒り出しますが、他人のそういうことに対しては全くの無関心です。
2. 対人関係での搾取
当然の権利だと考えています。常に相手に対して自分を特別扱いするよう求めます。はずかしげもなく、自分が目立つためや願いを叶えるために他人を利用するのは当然のことと考えています。
3. 誇大性
えっ?と思うようなの空想をしたり、成功や美、愛に関する未熟で自己満足的な想像に浸りがちです。客観的事実はどうでもよく、事実を勝手に曲げ、自分に対する錯覚を必要とあらばうそをつくこともかまわない。
4. 自己像の賞賛
自分は価値があり、特別で(ユニークでなくても)大いなる称賛を受けるに値する人間だと信じていて、誇大的で自信に満ちた行動をとります。しかし、それに見合うような成果を収めることは少ないです。他人にはわがままで、軽率で、おおちゃくな人間だとみられているにもかかわらず、自分の価値を信じています。
5. 他人へのわざとらしさ
過去の対人関係はいいように記憶が変えられています。受け入れることができない過去の出来事や苦しみは簡単に作り直されます。
6. 合理化のメカニズム
自己中心的で周囲に対して思いやりに欠けた行動を正当化するために、もっともらしい理由を付けようとする。それらは欺瞞的で浅はかなものです。
7. 偽り
みえみえのうそをつきます。失敗をしてもすぐに埋め合わされ、プライドはすぐに復活します。
8. 無頓着
いっけん冷徹で無感動な自分を演じます。逆に、軽快で楽天的であるが、自己愛的な自信が揺さぶられるといかりや恥の感情や空虚感が表に出てきます。
http://akatan.cool.ne.jp/jinkaku.htm


自己愛性パーソナリティ障害の定義


自己愛性人格とは、例えば「パーソナリティ障害の診断と治療」によると「外*から肯定されることによる自尊心の維持をめぐってパーソナリティが構成されている人々」のことを表す精神分析の用語です。
そして、この定義には次の2つの意味が含まれています。

1. 脆弱で揺らぎやすい自尊心
2. その脆弱な自尊心は、もっぱら他者から肯定的に評価されることよってのみ維持される。

したがって自己愛性人格および自己愛性人格障害の人々は、常に他人や世間の評価に影響されやすい状態にあるといえます。
具体的には、肯定的な評価を得られた時は過剰な自信に満ちて尊大な態度に、そうでない場合は自信を喪失し抑うつ状態に、と心の状態が二極分化しがちになります(障害が重度になるほど、分化も激しくなります)。

*自分以外のあらゆる存在で、他人のみならず世間一般の常識・価値観なども含まれます。
自己愛性人格障害の定義


他者評価に依存した自尊心@自己愛性人格障害


自己愛性人格とは?
自己愛性人格(自己愛性パーソナリティ)とは「他者からの肯定的評価による自尊心の維持」が人格の主要な部分を占めているような方々について、心理学的考察の都合上つけられた名称です。

他者評価に依存した自尊心の弊害:
自己愛性人格の方にとっては自尊心の維持がなりより重要であり、またその自尊心がもっぱら(自己ではなく)他者の評価によって決定されるため、常に他者からの影響にさらされ、その度に一喜一憂しがちになります。
結果として(他者からの肯定的な評価を得るために)「他者に認められたい」という気持ちが強くなり、無意識のうちに他者の(時には相手が気づいていないことさえある)欲求を満たす行動に駆り立てられるため、容易に他者に利用されたり騙されたりといった自分にとって不利な選択を「自ら進んで」行ない、後で後悔することも少なくありません。

「自己中心的」と誤解:
自己愛性人格の方は、このように常に他者からの影響を受けて不安定な状態の自尊心を維持するためにエネルギーを大半を注ぐあまり「自分のことで頭がいっぱい」の状態になりがちで、こうなると他者への配慮どころではなくなります。
このことが自己愛性人格の方が「自己中心的な性格(自己中)」「自分勝手」などと見られる一因にもなっています。
「自己愛性」という名称も、この「あまりにも極端な自己への関心」を指しています。
他者評価に依存した自尊心@自己愛性人格障害


自己愛性パーソナリティ障害(現wikipedia)


自己愛性パーソナリティ障害は、自分は人に根本的に受け入れられない欠陥があるという信念の結果によるものと考えられている。

病理的に自己愛的である限りにおいて、彼らは操作的で、非難がましく、自己没頭的で、不寛容で、人の欲求に気がつかず、自分の行動の人への影響を意識せず、他者に対し自分が望むように自分のことを理解するよう強く主張する。自己愛的な人物は、他者を犠牲にして自分を守るための様々な戦略を用いる。彼らは他者を価値下げし、非難し、傷つける傾向がある。また彼らは怒りと敵意を持って、脅迫的な反応で応じる。

過度に自己愛的な人物は概して、批判されたときは拒否され、屈辱を与えられ、脅かされたと感じる。これらの危険から自分を守るために、現実あるいは想像上のものにかかわらず、いかなるわずかな批判に対しても、彼らはしばしば軽蔑、怒り、あるいは無視などで反応する。そのような状況を避けるために、自己愛的な人の中には、社会的にひきこもって内気で謙虚であるように装うものもいる。自己愛性パーソナリティ障害の人物が、称賛・是認・注目・肯定的態度が不足していると感じた場合には、彼らは自身が脅かされたという感情をはっきりと示すことがある。

自己愛性パーソナリティ障害の人物は、しばしば野心的で有能なことがあるが、挫折や反対意見、批判に我慢強く耐える能力がなかったり、加えて共感性の不足が、人と協調的に仕事をすることや、長い期間を要する専門的分野での成果を保持することを困難にしている。自己愛性パーソナリティ障害の人物は、現実離れなほど誇大的に自己を認識しており、しばしば軽躁気分を伴って、概して現実の業績に不釣り合いな認識でいる。


自己愛性人格障害(旧wikipedia)


臨床像
自分について素晴らしい理想的な自己像(誇大的自己)を抱き、自分は他人より優れた能力を持っている、あるいは自分は特別だと思い込んでいる。また自分が理想とするような権力や能力のある人を理想化し、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりすることがある。さらに自分が極めて優れた能力や魅力、権力を持っていて、それを行使して自らの自己愛を満たしていくという非現実的な空想にしばしばふけることがある。そうした誇大的な自己像に基づいたふるまいや、積極的な自己顕示により、内的には不安定であるにもかかわらず「頭がいい」「仕事ができる」「表現力がある」といった長所を持つと思われることがある。しかしその背後には、深刻な自己不信や漠然とした空虚さを感じており、本質的には他者に依存している。

誇大的自己を維持するために、際限なく周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとしており、その現実化のため絶えず努力や自己顕示を行っている。しかしそれを実現できない時には抑うつに陥る。能力がない自己愛者は、より退行した形で他者からの是認を求めることがある。 その内実は、深刻な自己不信と抑うつを抱える愛されない無能的な自己を、誇大的自己を追い求めることで救済しようとする試みと捉えることができる[6]。

一方で自分に批判や否定を向けられると、怒りや憎しみを持つか、屈辱感や落胆を経験する。これらの感情は必ずしも表出されるわけではない。また否定をされるとそれを受け入れられずに現実逃避し、嘘や詭弁で逃げようとすることがある。そのため批判や失敗について反省したり、その時の辛さや痛みを認識する能力に欠けている。失敗や批判から学ぶ能力に乏しい。 なお誰か他の人に認めてもらわないと自分を維持できないのは、安定した自己像が存在せず、他者という鏡を通してしか自己意識の高揚を感じられないためである。

自己肯定感や自尊心が高ぶる感覚を持続的に維持することができる。この感覚が支配している間は、自己肯定感や自尊心が損なわれる事もあるという弱い一面を自分が持っていることをほとんど意識しない。一方で、自己肯定感や自尊心が大きく傷つけられるような体験をすると、一転して自分はだめだ、価値がない、無能だと感じる。自身についてもある一つの体験についても、よい面もあれば悪い面もあるといったとらえ方ができない。

他者と人間関係を持つにしても、それは自らの自尊心を支えるために人を利用しているにすぎない。本当の意味で他者に共感したり、思いやりを持ったり、感謝したりする能力に乏しく、他者との現実的な信頼関係を持つことができない。 良心に乏しく利己的な人間である[7]。それにもかかわらず「自分は良心的で利他的な行いをしているから、他者から愛されるべき存在でなければならない」と自己評価している場合が多いため、現実とのギャップが受け入れられず抑うつ的になることがある。なお学習の結果、うわべだけの思いやりを示すことは可能である。


自己愛性人格障害(旧wikipedia)


自己愛性パーソナリティ障害(じこあいせいパーソナリティしょうがい)とは、ありのままの自分を愛せず、自分は優越的で素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込むパーソナリティ障害であるとされる。過度に歪んだルールである内的規範が弱いケースであるため、精神病的に扱われる事もある。1968年に明確にされ、歴史的に誇大癖 と呼ばれた。自己中心性(self-centered)に強く関連している。

<臨床例>

1.内的には不安定であるにもかかわらず、誇大的な自己像や積極的な自己顕示により、「頭がいい」「仕事ができる」「表現力がある」といった長所を持つと思われることが多い。そのため、彼らが不適応行動を起こしたとき、周囲の人は意外な感じを持つことが稀ではない。


2.自分について素晴らしい理想的な自己像(誇大的自己)を抱き、自分は他人より優れた能力を持っているとか、自分は特別だと思い込んでいる。うぬぼれが強い。


3.その背後で、常に深刻な不安定感や頼りなさを経験し、本質的には他者依存的である。自尊心を維持するために、絶えず周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとする(アルコール依存症患者が酒を求めるように)。あるいは、自分が理想とするような権力や能力のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。

4.自己肯定感や自尊心が高まっているという感覚を、一定の期間維持することができる。この感覚が自分を支配しているとき、自分が傷ついたという、弱い一面を持っていることにほとんど気付かない。しかし、誇大的な自己像が傷つけられるような体験をすると、一転して自分はだめだ、価値がない、無能だと感じる。自分についてもある一つの体験についても、よい面もあれば悪い面もあるといったとらえ方ができない。


5.自分に向けられた非難や批判に対し、怒りや憎しみを持つか、屈辱感や落胆を経験する。これらの感情は必ずしも表面にあらわれず、内心そのように感じているということがしばしば。自分に言い聞かせて自分を慰めることができない。誰か他の人に慰め、認めてもらわないと、自分を維持できない。否定をされるとそれを受け入れられずに現実逃避し、嘘や詭弁で逃げようとする。そのため失敗について本当に反省したり、そのときのつらさや痛みを認識する能力に欠けている。失敗(あるいは批判)から新しく何かを学ぶことができない。

6.次から次へと際限なく成功・権力・名声・富・美を追い求めており、誇大的な自己像を現実化しようと絶えず努力している。しかし上記のような考え方の偏りにより、その過酷な努力を社会的成功に結び付けられないことがある。能力がない自己愛者は、より退行した形で他者からの是認を求めようとする。


7.誇大的な自己像を思い描き、その空想的な思い込みの世界に浸っている。他者と関係を持つにしても、それは自分の自尊心を支えるために人を利用している傾向がある。本当の意味で他者に共感したり、思いやりを持ったり、感謝したりすることができない場合が多い。(もっとも言語的表現力がしばしばあるので、うわべだけの思いやりを示すことに長けている)。表面的な適応はさておき、他者との現実的な信頼関係を持つことができない。

8.自己愛性パーソナリティ障害の人は、良心に乏しく利己的な人間である。それにもかかわらず「自分は良心的で利他的な振る舞いをしているから、他者から愛されるべき存在でなければならない」と自己評価している場合が多いため、現実とのギャップが受け入れられずにより精神的に不安定になってしまう、というスパイラルに陥る危険性を多分に孕んでいる。
http://www13.atwiki.jp/csmx/pages/23.html


市橋秀夫先生の論文の抜粋


彼らにとって等身大の自分は受け入れがたい自分である。それは平凡で、並みで、普通であることを意味し、彼らが最も受け入れがたい自己である。 そうした自己はいくつかの共通した特性を持っている。

すなわち、彼らは結果主義であること、外的価値観しか信じないこと、all or nothing の傾向を持ち、うまくいっているときには人一倍がんばれるが、いったん思う通りにゆかなくなると一切の努力を放棄してしまう傾向、そのために自分の本当の力を発揮することが困難になる傾向、将来の不安に対してはあてもないのにいつか一発逆転することが起こってうまくゆくという期待を持っているということ(そのために刹那的になること)、したがって地道に努力することが出来ないこと、批判や忠告は傷つきやすい自尊心を痛撃すること、それに対して激しい怒りを感じること、挫折には引き籠もることによって自分の自尊心と栄光を守ろうとすること、自分を愛せないこと、自分を嫌いなことなどである。
http://www.studio.co.jp/ichihashi/doc/03.html


市橋秀夫先生 書籍抜粋


愛が他者に向かわず、自己に留まり、常に自分が他人から優越していることを確認することを求め、他人から批判されることに怒り、批判者には攻撃や価値下げ(「実はあの人はたいした人ではなかった」など)で反応し、思うとおりにならない自体に直面すると周囲にその責任を求め、あるいは(通常は隠されていますが)嫉妬と羨望の感情に支配されています。怒りは自己愛者の普遍的な感情です。
共感性が乏しいために他人の痛みに対して鈍感で、ある種の酷薄さ、自己中心性がつきまといます。彼らは非常に誇り高い人です。そうした傾向は外見に現れず、隠されている場合も少なくありません。自尊心の高さとその裏打ちとして(隠された)嫉妬・羨望、そして誇大的自己と否定的自己のパックが一つの特徴です。

自分が特別な能力や力、あるいは美しさ、才能などがあるという意識が有り、それが周囲から正当に評価されていないという感覚にとらわれています。たとえそれが裏付けられる結果や業績がなくとも、いわば空虚な誇大感に満たされています。彼らは常に周囲から賞賛を求め、その賞賛が得られないと、「自分の特別な力は特別な人物からしか理解されない」と考える傾向があります。周囲の賞賛といいましたが、実は自分の中にある誇大的自己がより特別な人間であることを求めるのです。

こうした傾向は大体が周囲には隠されています。しかし誇り高く、不遜、傲慢といえるような態度はどこかに見えるはずです。そして、そうした陰に羞恥心や劣等感という一種の弱さが横たわっています。

自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分が大好きに見えますがその根底にはじつは自分を好きになれない気持ちがあります。ありのままの自分を受け入れられず、つねに強くなくてはならないと思い込んでいるのです。この二重構造がつくられる背景には、もともプライドに敏感な傾向があり、加えて育った環境の両方が関係するといわれています。子供の健全な自尊心は親に受け止められる安心感を土壌にして育ちます。ところが他人より優れているときや、親を喜ばせた時しか愛されないと、子供の中で自己愛が育ちません。自分の力、価値を認められず、つねに他人の評価を気にするようになるのです。

自尊心が強く、他人にどう思われるかに敏感で、賞賛されないと気が済みません。
思い描いている自分でいるために、すべてのエネルギーを使います。

自分には価値がないと感じていると人は無気力感にさいなまれ、生きていけません。そこで人は無意識のうちに防衛のためのしくみを作り出します。それが万能な自分です。自分が他より優れている、他人は自分より劣っていると信じこみ、不安を解消しようとするのです。万能の自分を思い描き、強い自尊心でそれを守ろうとします。しかし、心の奥底には強い自己不信と、親から愛されない不安、怒りが隠されています。


●自分の手柄を強調する
●ミスの責任を取りたがらない
自分の事情は主張するのに、責任は自分以外にあるとしか考えません。
●それなりに成功している人も多い
競争社会では野心が強く手段を選ばない強引さがしばしば社会的成功につながるようです。
●他人に共感したり、愛情をもつことがほとんどない
他人の気持ちや痛みを思いやることがほとんどなく、しばしば自分の都合で人を利用します。

●せつな的で将来を信じていない
地道にやるのは馬鹿馬鹿しい、めんどうだと考えいまがよければいいと刹那的に考えます。根底に自己不信があり、前向きに未来を信じられないのです。
●地道な努力は意味が無いと思う
努力、創意工夫などの経過は評価せず、結果しか意味が無いと思っています。
●結果がすべてと考える
自分のことも人のことも、手段やプロセスには目を向けず、結果しか評価しません。ギャンブル的に再起をかけたり、一発逆転を狙ったりシます。しかし、そのための努力をしないため、泥沼にはまっていくこともあります。
●努力しないことが自分の脳力を証明すると信じている
たとえば、試験勉強せずにイイ点をとろうとするなど、ほかの人がしていることはしなくとも、自分は他人よりもできるはずだと信じています。

ふつうで平凡な自分を受け入れられず、つねに特別で、他の人より優っている自分であり続けようとします。

地道さ、ほどほどさの感覚が全くない
●他人の評価を気にする
他人から賞賛されることが、自分が特別である証拠だとみなします。逆に批判されると怒り、相手を攻撃したりします。
●うまくいかないと過剰に反応してしまう
うまくいかなくなると、自分は敗者で、人に見下される存在としか考えられなくなり、ひどく落ち込みます。
●周囲や社会とうまくいかなくなる
怒りや喪失感のために、周りの人とうまくやっていけなくなります。うつ状態となって受診したりあるいは家族が病院へ相談するようになります。
●勝ち負けしか判断基準がない
人間関係を上下や勝ち負けでしか考えません。そして、ひたすら自分が上で勝者でないと気が済みません。
●周囲とのまさつを無視しようとする
周りの人とうまくいかないときに、自分のやり方を帰るなどの柔軟な対応ができません。かわりに、失敗や摩擦を直視せず、なかったと思い込んでやり過ごそうとします。


共通する家族特徴


病理的な親は自分の延長物として子どもを利用する。常に上を目指すよう励まし、人より優れることを期待する。期待に沿う限りにおいて子を甘やかし、賞賛するが、出来ないときには失望し、怒りを表出する。自身の自己愛によって子を振り回すのである。

こうした期待の内実は親自身の欲望であり、子どもを自分の道具、所有物、飾るモノとして扱っているにすぎない。親の自己愛の照射を受けて養育された子どもは、期待に添う限りは賞賛され、愛されるが、一方では自分は無条件には愛されない(すなわち、本当には愛されない)という二重構造の中で生きる事となる。

そうした子どもは物を介して甘やかされていても、信頼と受容の関係という甘えを体験していない。輝く子どもであることを無意識に要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。無力化される体験を浴び続けることで形成されるのは、深刻な欠損を抱えた空虚な自己である。

自己不信を中核とした自己意識は常に悪性の抑うつを生み出し続ける。自分は無力で価値のない、無意味な存在であるという極度に価値下げされた自己像を抱える子どもは、自己不信が生みだす深刻な抑うつを防衛するために、鏡像で映したような理想的で万能的な自己を発展させて自己をバランスしようとする。甘えと愛を断念して手に入れたのは病理的自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている。

内的価値は自分の存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚があるときに成立する。自己の内的なものに自信がない彼らは、周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人と自分を比較しながら生きざるを得なくなる。輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。外的価値は結果を出すことでしか得られず、必然的に対人関係は勝ち負けの世界となる。優越している自分は他者を見下す対象にし、転落した無能な自分は見下される対象になり、対等の人間関係を築くことが困難になる。

彼らは例外なく「平凡恐怖」を抱えている。自分の内的なものに自信がない彼らが社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。学歴、職業、地位、才能、ブランド。理想的な自己像を追い求め続けざるを得ないのは、無条件には愛されなかった証でもある。自分を信じることができない彼らは、他人を信じることができない。自分を愛せないことは、他者を愛することを不能にする。早期に自立を期待され、甘えを封印してきた彼らは、子ども時代を積み残したまま次の発達段階へと進んでいく。

自分には何の取り柄も無いという自己不信を根底に抱える人は、その抑うつを防衛するために、人とは際立って違う、優れた、特別な自分であり続けなければならない。彼らは幼い頃から常に「自分が自分以上でなければならない」という強迫観念に支配されている。彼らは、結果を出す事で得られる賞賛と万能感により、中核にある自己不信を救済する。

彼らは負けず嫌いであり、そしていつも負けていると思っている。「並」「平凡」「普通」であることは、輝くことで自己不信を払拭してきた彼らには決して許容することが出来ない。


「人からどう見られるかということに関連する自尊心の病理」というブルックの定義
患者は底知れぬ自尊心の欠如を抱えており、両親の極めて侵入的な世話を長年にわたって受け続けてきた人達である。患者のほとんどは両親を喜ばせることと両親の期待に応えることを命題として生きてきた人々であり、こうした重い人格的な問題を注意深く取り上げ続ける必要性をブルックは伝えている。

自尊心の病理とは、思い描いている理想の自分と万能感、それに対置する自己不信と無力感という、感情の両極性があることを示している。分裂(スプリッティング)が生じているのである。彼らは一様にありのままの自分を受け入れらないという問題を抱えている。

何故ありのままの自分には価値がないと感じるのか、自分を好きになるにはどうしたらよいか等の問題を取り上げることから治療ははじまる。理想的な思い描いている自分に対置する、何の取り柄も無い自分が生み出す深い抑うつ感情と向かいあうことが求められる。

「自分が自分であればよい。自分は自分以上ではないし、自分以下でもないのだから」という等身大の自分の感覚が定着するにつれ、障害は消失していく。


自己愛性人格障害の特徴と成因


自分を”良い部分、悪い部分”で二分法する中で、悪い部分を否認して、良い部分だけで生きていると思っている方々です。
実際に会ってみると、ひどく子どもっぽく、傲慢で、自分は特別な存在と思い込んでおり、周りが便宜を図ったり、賞賛し、自分を特別扱いするのは、当たり前だと考えています。

①自分には世間の人が気付いていない才能や優れた点がある

②大成功して有名になることを夢見ている

③自分には人とは違ったところがあり、特別な人間だと思う

④周囲からの賞賛が何よりも励みになる

⑤多少の無理でも、自分の望むことはたいてい聞いてもらってきた

⑥欲しいものを手に 入れるためなら、他人を利用したり、言いくるめる自信はある

⑦自分勝手で思いやりのないところがある

⑧友人や知人の幸せは、内心、妬ましい

⑨態度が大きい、プライドが高いと思われている

この内、5項目以上に当てはまれば、自己愛性パーソナリティと判断してよいです。


●「自己愛性人格障害の基本的特徴は誇大性・賞賛への要求・共感欠如である。自己の重要性についての誇大感はしばしば高慢で見栄っ張りに見える態度を導く。彼らは他者から賞賛されることを当然と思っており、逆に他者の貢献をしばしば過小評価し価値を切り下げする。」

●「彼らの自己評価はほとんど例外なく脆弱であり他者によくみられらることにこだわり持続的な注目と賞賛を求める。また彼らは他者の願望と主観的体験と感情を認知することが困難で自分だけの関心事について不適当に長々と話す傾向がある」
近藤三男「自己愛性人格障害の発症機制」「精神科治療学」1995年11月号(星和書店)


●「外殻には尊大で冷たく近寄りがたい孤高の自己がありその内部には弱々しい羞恥心に満ち足り自己、怒り羨望が渦巻いている自己がある。彼らは自己の弱い部分と醜い部分を自覚しているがそれらを露呈してしまうことを恐れて、他者との親密な関係を回避する。(中略)それらは社会的引きこもりと孤立、あるいは共感欠如と対人搾取という用語で表されるような対人関係として現れる。」
伊藤洸「自己愛型人格障害の発症機制」「精神科治療学」1995年11月号(星和書店)
自己愛性人格障害の特徴と成因 | リバータリアン心理学研究所~Libertarian Psychology~


自己愛の説明


「なにがなんでも自分が優位に立たなければなりません。自分が劣っていることを認めることは、幼いころの痛々しいくらいに哀れで惨めな自分に結びついてしまいます。ですからどんな卑怯な手段を使ってでも、どんなにつじつまの合わない妄想であろうと、自分を守るためにしがみつかざるを得ません。

 他人から侮辱されたと思い込んだりした場合、自分を守るために、非常に激しく怒ったりします。あまりにも自己中心的な怒り方なのですが、本人は必死です。

 妄想の種になるようなものがないときは、他人の欠点を捜し出して見下したりします。ありとあらゆる理由をつけて他人を見下します。貧乏人の癖に、不細工な顔をしているくせに、頭が悪いくせに……。実際にどうであるかということよりも、とにかく見下すことができればそれでいいのです。
http://10-fu.seesaa.net/article/161585636.html


「ナルシシズム」の原因


「ナルシシズム」の原因は、「抑圧」から発生する「無意識の葛藤」です。

「無意識の葛藤」があると、絶えず不安に悩まされます。その不安のために、自分自身の存在に自信が持てません。自信がないと、自分がなにをしたいのか、なにが欲しいのか、なにが自分にとって価値があるのか、判断することができません。心はいつも空虚なままです。必然的に、自分自身の価値基準をまわりの人に求めるようになります。まわりの人が価値あると認めるようなものが、自分にとっても価値あるものだ、と思いこむわけですね。そして、まわりの人の尊敬や賞賛を得るような自分自身になることが、一番大切だと感じるようになります。これが「ナルシシストの価値基準」です。

それは、言い換えれば、まわりの人の目を通して見た自分自身の姿にほかなりません。つまり、まわりの人の目という「鏡」に映った自分の姿になるわけです。その姿は、周囲の人の尊敬や称賛を得るという目的のためだけに存在します。だからこそ、ナルシシストにとって一番価値あるものであり、「愛する対象」なのです。

「ナルシシズム」の原因としての「無意識的な葛藤」というのは、自己否定や自己嫌悪の「抑圧」です。「ナルシシズム」の場合は、その自己否定や自己嫌悪をより強く「抑圧」するために、「反動形成」が行われます。つまり、自分自身を「過大評価」するわけですね。もちろん、「反動形成としての過大評価」なので、不自然な形で「強迫的」になって現れます。いつでも「自分は特別な存在である」と思い続ける必要があるわけです。そうしていないと、不安になってしまうからです。

この「自分は特別な存在である」というときの「自分」は、現実の自分ではありません。「鏡に映った自分の姿」のことです。では、現実の自分はどこでしょう。それが、自己否定や自己嫌悪の対象となっている自分のことなのです。

「自分は特別な存在である」と思い続けるためには、まわりの人が自分を特別扱いし続けてくれることが必要になります。「ナルシシスト」の一番困るところは、このように、自分の「神経症的思いこみ」のために、まわりの人を巻き込むところです。これほど、迷惑なことはありません。「ナルシシスト」にとって、まわりの人は、自分に尊敬や賞賛を与えるためだけに存在しているようなものです。世の中のすべては、自分を中心に回っています。自分を特別扱いしないような人間は、間違っていると感じています。

「ナルシシスト」は、まわりの人の尊敬や称賛を受けるためなら、多少卑劣なことでも平気でします。そもそも、まわりの人は、自分を尊敬したり賞賛したりするためだけの存在なので、それをしない人は、その存在さえ、認めようとはしないのです。

「抑圧」
自分自身が受け入れられない考え方や感情、記憶を否定すること

「葛藤」
「抑圧」という方法は、自分自身の考え方や感情、記憶の一部を無視または否定することですから、どうしても精神的に不安定な状態になります。現実に起こった事実は、本来否定しようがありません。いくら無視したり否定したりしても、心の奥底では事実だとわかっているわけです。自分自身が、意識上の偽りの自分と、心の奥底に「抑圧」した現実の自分に別れてしまうと考えてもいいでしょう。その2つの自分は、もちろん矛盾し合っています。このような状態を、「葛藤」といいます。

自分の心の中で「葛藤」が起こると、意識上は、原因不明の不安として感じられるようになります。


反動形成


「反動形成」とは、自分の本心とは反対の行動をさせる自我防衛メカニズムです。気持ちとはまったく逆の行動をすることで、その行動も気持ちも意識から追い出します。人は一度に2つの意識を持ったり、2つの行動を同時にすることはできません。

高慢になる人は本当は、心の底では「自分は取るにたりない人物である」と感じています。劣等意識の反動形成として高慢になるのは、自分が劣っていることを心の底では知りながら、それを受け入れられないでいるのです。高慢になる人は、人をよくねたみます。

親にありのままの自分を愛してもらうことで、自分が「ある点では」劣っていることを受け入れている人は、人をねたむ心理的必要性がありません。自分がある点で人より劣っているということを受け入れられない人が、反動形成として高慢になるのです。人を「妬む」のも他者が優れているということを「認めることを拒否」するという反動形成です。

自分に良いイメージを持てない子は、自分が相手よりも劣る人間だと考えるため、何とか相手の存在を小さくおさえこもうとします。そうすることで、自分の気持ちが晴れるというわけです。
http://morahara.nukenin.jp/99ijime/handoukeisei.htm


自己愛的な人


自己愛的な人は、いつでも「人から称賛されたい」「何があっても成功したい」と思っています。ナルシストにとっての重大事は、「他人の目にどう見えるか。どうやって、そう見せるか」です。

流行やブランドなど、ステータスシンボルを手に入れて安心しようとします。一流をありがたがり、自分が一流と関係していることを誇示したいためにブランド品を見せびらかしたり、知人やペットのステイタスを自慢します。しかし自分自身を認められたわけではないので、本当の満足感はえられません。過剰な称賛が得られない平凡な状態に不満を感じています。

高いプライドと自己顕示欲の強さは、自分は特別な存在だから特別に扱われたいという思いからです。心の内側には傷つきやすさや空虚感を抱いています。自信にあふれた様子は単なる見せかけです。精神分析で言う「いつわりの自己」です。

自己愛的な人は、他人から見て素晴らしいと思われないと自分に自信が持てません。称賛のなかに自分の理想の姿を見ることでようやく自信をたもっているので、それができなくなると思うと不安になります。少しでも身体の調子や成績が悪くなったりすると、急に自信を失ってしまいます。

そういった性格的には弱い人々なので、不安な気持ちになる状況をさけるために、たえず行動して、自分が重要な人間だと思いこもうとします。手帳を人と会う約束で満たし、いつでも携帯電話の番号を押し、何百通のメールのやりとりをし、一晩中インターネットをします。

そして競争社会を生き抜くために、自分には欠点など一つもないようにふるまいます。自分の弱さから目をそむけ、ごうまんさな態度をとることで、まわりの世界に鈍感でいつづけようとします。そうやって、感情的な部分はどこかに置き忘れて、ひたすら実用的、合理的、活動的であろうとします。

自己愛的な人は、自分と正反対の、何があっても落ち着いて、失敗や弱さを受け入れ、自分自身に対して何の証明の必要性も感じない人にしっとし、にくみます。
http://morahara.nukenin.jp/99ijime/jikoaitekinahito.htm


「自己愛性人格障害」の基本的なパーソナリティー


自分について素晴らしい理想的な自己像を持っており、
自分は他人より優れた能力を持っているとか、自分は特別だと
思い込んでいます。うぬぼれが強く、根拠も無いのに自信満々です。
自分を徹底的に褒め、次から次へと際限なく成功・権力・名声・富・
美を追い求め、誇大的な自己像を現実化しようと絶えず努力
しています。自尊心を維持するために絶えず周囲からの
称賛・好意・特別扱いを得ようとし、自分について良い面もあれば
悪い面もあるといったとらえ方ができず、「良い」か「悪い」かの
どちらか一方でしか見れません。感情のコントロールが苦手で、
自分を誇張し自己中心性で全てが自分中心だけれど、
自分で気づいていない。自分が中心でないと気が済みません。
「学生時代からの友達」や「幼なじみ」といった長年の同姓の友達
がおらず、実は常に深刻な不安定感や頼りなさを経験しています。

他にも他者は自分にとっての加害者で自分は被害者という立場です。
他者は利用するもので他者の業績を自分の物にしようとします。
他人の不幸は最高の蜜の味。他人の幸せは大嫌いです。
他者は自分をよく見せるための材料だと思っています。
権力に弱く地位・権力に固執します。実力者や注目されている人物、
信頼や憧れを抱かれている人物との関係を誇張し実際には顔見知り
程度であっても誇張して表現。自分が理想とするような権力や能力
のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり
振る舞ったりします。

おしゃべり好きで演説好きで話が長い。自分の話ばかりをし、
人が話をしようとするとすぐに自分の話に置き換えます。
人の都合などお構いなしに好きなときに話し自分が満足するまで
話し続けます。発言に一貫性が無くコロコロ変わります。
作り話をする傾向があり、虚実入れ混ぜた話を創作し、
周囲に吹聴して周ります。人がちょっとでも違う意見を言ったり、
欠点を指摘されたりすると感情的になりものすごい勢いで攻撃します。
反論されると自分が正しいと認められるまで相手を執拗に攻撃し、
それは違うんじゃないかという意見に対して絶対に認めようとしません。
他人がいくら具体的に訴えても「それは誤解だ」、「それはあなた
の理解が違う」などの反論をし先方に否があると主張します。
どうしても自分が都合悪くなると問題点をぼかしたり、問題をすりかえ
てごまかし反論します。失敗や批判から新しく何かを学ぶ事ができません。


自己愛に問題があるケースの典型


「うまくいっている自分しか、好きじゃない」
(なんでもうまく・順調に・スムーズに、失敗なくできるはずだ、という思い込みと自己陶酔があり、スーパーマン的な自分をイメージしていたり、完全主義な無意識を持っていたりして、失敗や挫折した自分を受け入れてやることができない)
http://www.truth-kokoro.com/first_16.htm


人を見下す人


上から目線 と呼ばれる人がいます。
『なに様なの?』などと陰で言われていますが本人には分かっていません。
こういう人は

  ◎家族を見下したり、家族の前で職場の人の悪口をいいます。
   そのために家族から敬遠され孤独です。
  ◎他人との関係が常に競争(支配・被支配)なので、つまらない意地をはったり
   自分の意見に固執します。
   相手の言い分に賛成することは(たとえ相手のほうが正しいとしても) 
   【負け】を意味するからです。
   【自分が悪くても認めない】【謝らない】のも負けを認めたくないからです。
   大きな屈辱感となってしまうからです。
   【人との交友ができない】長続きする友人が居ないのも対人関係が
   支配・被支配関係ととらえてしまうからです。
   負けた、馬鹿にされたと感じてしまうと関係を絶ってしまうからです。
   【人の輪に入れない】
   こういう方のなかに上記のような屈辱感を避けるために
   人の輪に入れない(入りたいのに)方もいます。
  ◎自分の自尊心を満足させるために大きな話をしたりします。
    『話半分に聞いておかないと』と言われています。
  ◎【失敗は負け】であり、とても傷つくために失敗しないことを最優先させます。
    あたって砕けろ みたいな思い切りができないためになかなか
    行動ができません。
同じ理由で失敗を認めない心理がはたらきます。
  ◎【人に弱みをみせられない】
    つらくても家族に弱音を吐くことができません。
    本音を我慢し生活している姿は家族から何か近寄りがたい存在と思われ
    てしまいます。
    また、その姿は子供に
      “人生はつらいもの”“楽しんではいけないもの”というメッセージを与
    えることになります。

 これらはの人は、無意識のなかで誇大な自分のイメージを持っている人です。
 マイナスの自分が大きいために(自分を守るために)誇大な自分を創
 らなければならなかったのです。
 だから人を蹴落とすようなことを言ったり、行動します。
http://www.hl-therapy.jp/article/14424833.html


自己愛性人格障害とはなにか


特 徴
自分を愛するという行為は、健全な心の発達のためには必要なものですが、それが病的に肥大化して自分に対する誇大感を持つようになると、それは自己愛人格障害と呼ばれるものになります。健全な人のように、ありのままの自分を愛することができないのです。

なんでも自分の思い通りになるという空想に耽ったりします。内容的には、自分の万能感を満たすようなものになります。すべて自分にとって都合のいいように事が運んで、最後には自分が絶大な称賛を浴びるといったようなものです。自分だけが特別に評価されて大抜擢され、とんとん拍子に出世するとか、もっと空想性が進んで行くと、超能力的な力で現実を思い通りに動かすとか、あるいは過去にタイムスリップして、時代差から来る優越感に浸るとか、いろいろなパターンがあります。たとえば自衛隊が関ケ原の決戦に参戦したらどうなるかなどという空想は、圧倒的な文明の差による優越感に浸ることができます。

聞かれもしないのに、やたらと自分のことをしゃべりたがる人がいます。話が他へ移ろうとすると、強引に自分の話に戻そうとします。話の内容は自慢話的なものばかりで、聞いている方はうんざりしてきます。他人にはあまり関心がないので、相手がうんざりしていようとお構いなしです。

自分は特別な人間だ、パンピー(一般のピープル)とは違うんだという意識から、小市民的な生き方を軽蔑し、そういう人達と一緒にされることを嫌います。裏付けとなるものがなにもないのに、一目置かれる存在であることに非常にこだわります。あるいは、自分という人間は特別な人しか理解することができないのだと思ったりします。

他人に対する共感に乏しく、他人を自分のために利用します。他人の業績を横取りして自分のものにしたりします。優越感に浸るために他人を利用します。他人の存在とは、素晴らしい自分を映し出す鏡である、くらいにしか思っていません。ですから、他人から批判されたりすると、すぐにカッとなって怒ります。あくまでも自分は優れた存在なのです。

もともと、裏付けのない優越感ですので、話のつじつまを合わせるために嘘をつくこともありますが、本人には嘘をついているという意識はあまりありません。ときにはホラ話のように、話がどんどん大きくなっていって、どこまで本当なのか分からなくなります。

有名人に近付くことで自分を特別な存在だと思い込んだりします。政治的な大物に近付いて自分の誇大感を膨らませることもあります。自分も同じ世界の人間になったように錯覚して、裏付けのない空想的な野心にのめり込んだりすることもあります。

誇大感を持つ人には二つのタイプがあります。自分は素晴らしいと言うタイプと、あなたは素晴らしいというタイプです。あなたは素晴らしいというタイプの人は、その素晴らしい人に奉仕している私も素晴らしい特別な存在だと言うふうになります。偉大な独裁者を崇拝する献身的な国民、偉大な神に身を捧げる熱狂的な信者、ワンマン経営者に心酔して滅私奉公する素晴らしい幹部社員、有名な歌手の応援をする熱狂的なファンなどです。

すべてに言えることは、ありのままの自分が愛せないのです。自分は優越的な存在でなければならず、素晴らしい特別な存在であり、偉大な輝きに満ちた存在でなければならないのです。愛すべき自分とは、とにかく輝いていなければならないのです。しかし、これはありのままの自分ではないので、現実的な裏付けを欠くことになります。

しかし、本人にしてみれば、高慢だと言われてもぴんと来ないかもしれません。それよりは、他人や周囲の出来事を過小評価していると言った方が理解されやすいかもしれません。自分より優れたものを認めたがらず馬鹿にしているので、他人の能力や才能が見えまず、他人の優秀さを無視します。そして、他人を見下したり軽蔑したりすることに快感を覚えたりします。
http://homepage1.nifty.com/eggs/narcis.html


岡田尊司著『パーソナリティー障害がわかる本』より


真実を語る: 自己愛性人格障害を考える(その1) 基本症状
真実を語る: 自己愛性人格障害を考える(その2) プライドが高すぎる
真実を語る: 自己愛性人格障害を考える(その3) 自己特別視
真実を語る: 自己愛性人格障害を考える(その4) 自己愛的妄想

人間は誰しも賞賛されたいという欲求は持っています。しかし、自己愛性パーソナリティー障害の人は、「賞賛への欲求」がけた外れに強いのです。「賞賛」こそがこのタイプの人の「原動力」だからです。したがって「自分をほめたたえるものが真の理解者であり、いい人だと思ってしまう」のです。

善意の忠告であろうと、人から何かを指摘されることはケチをつけられたように感じ、素直に受け入れられません。それどころか攻撃されたと受け取り、激しい怒りにとらわれて反撃しようとします。状況が不利になって周囲から非難を受けると、とても脆い面を持っています。高いプライドや尊大さも傷つきやすさを守るための盾の部分があるので、それで自分を守り切れなくなると意外な弱さが露呈しやすいのです。


自己愛論文


自己愛の心理学

http://www.heartcompany.co.jp/mental/_narcissism.html
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/zoro/morahara1.html
http://www13.atwiki.jp/csmx/pages/23.html
http://blogs.yahoo.co.jp/daikukoarao_2/30252889.html

希望のブログ
http://tanemura2013.blogspot.jp/2014/06/blog-post_26.html





自己愛性パーソナリティ障害 BBSでの分析より抜粋


●こういう面もあります
・自分の欠点を他人に重ね合わせて見て攻撃する人(投影同一視)
・少しでも嫌なことがあるとそれを人のせいにして攻撃する(投影同一視とも呼べる)
・好き嫌いが強すぎて全体とてしてみることができない(分裂)
・都合の悪いことは忘れてなかった事にする(否認)
・ちょっとした嫌なことがあると相手を全体的に嫌になる(脱価値化)

●具体的な自己愛の特徴はこのようなものです(これに多く当てはまっちゃう人)
・人の悪口や批判が大好きで生きがいになってる人(相対的に自己価値を高めようと必死)
・人の不幸や失敗や欠点で満面の笑みを浮かべる人(さらに目の瞳孔が開いてる快楽的表情、又は子供のような無邪気な笑みだと要注意)
・初対面や目上や強者や異性に対してなど『相手限定』『状況限定』でやたらと愛想が良い人 (極端な裏表の使い分け)
・異常に空気が読めない人(他人の気持ちを読み取れない)
・表情や立ち振る舞いがわざとらしく演技くさい人(常に理想の自分、評価される自分を演じています)
・自分が間違ってると言う発想がない人、謝れない人
・自分の本当の弱みを見せれない人、負けを認められない人(プライドが異常に高い)
・自分を棚に上げる人、自分を客観的に見る能力が欠落している人、自分と他人を冷静に比較できない人
・他人を褒めない人(目上や異性に褒めまくるおべっか使いは多々います)
・何事も自分と他人を比較する人(やけに他人に勝とうとしてると要注意、根拠もなく勝ってると判断することもしばしば)
・習い事などして他人より上になることに躍起になってる人 (習い事をころころ変えてる、多資格自慢は要注意)
・他人同士を争わせて仲違いさせる人 (漁夫の利、対人関係からの搾取)(自分がグループの中心になるための伏線です。陰湿な優越感に浸ってもいます)
・他人同士が自分を差し置いて仲良くするのを嫌う人(独占欲が強い、孤独恐怖症)
・他人が悪く言われてるのを本人に伝えちゃう人 、告げ口する人(相手の自信や人間関係を破壊し心理的主導権を握ろうとしてます)
・他人を不安にすることをほのめかしてニヤニヤする人 (心理的イニシアチブをとろうとしています、陰湿な優越感に浸っています)
・素の顔での目が爬虫類系の人(常にタゲや自己利益を探していて獲物を狙う目になっています)
・一人でいる時ニヤニヤしてることがある人(素晴らしい自分や賞賛される自分の空想に耽っています)
・自慢や自惚れが多い人、過去の栄光をいつまでも過大に語る人 (そうやって自分を奮い立たせないと自分を維持できません)
・他人の『人間関係』(友人の数とレベル、恋人の有無とレベル)、『バックボーン』(学歴、親の資産)、『生活レベル』(年収、貯金、家、車、服)、
『心身の健康状態』をやけに気にする人 (人間を「目に見えるモノ」でしか評価できない)
・嫉妬心や僻みが異常に強いが絶対認めない人 (幸せな人間を嫉妬(憎悪)しますが高いプライドで認めれません)
・人が成果を出してることを皮肉ったりつまんなさそうにする人 (心の奥底で嫉妬(憎悪)してますがまず認めません)
・「超」の付くS(サド)な人 (しかも陰湿なSです)
・1褒められただけで10と捉える人(例「歌うまいね」→真顔で「歌手になろうかな」)、(幼児的万能感の未卒業)
・長く付き合ってる人間が本人にとって『有益の人間』か『イエスマン』ばかりの人(健全な人間関係築けません)
・素を出せる友人がいない人、友人知人との距離感が変にある人、注意してくれる人が周りにいない人(常に過剰な演技してるので他人との密接な関係作れません)
・人それぞれという発想がない人、自分の価値観しかわからない人
・お山の大将になりたがる人(他人の下になるのが許せない)、(実際は裸の王様状態がほとんど)
・何をするのにも周囲へのアピール感がある人他人への親切がわざとらしい人(異常な自己顕示欲の強さ)(褒めてくれオーラが強いと要注意)
・人からの評価が両極端な事が多い人(Aさんには人格者として、Bさんには陰湿人間として捉えられてるなど)
・他人への評価が極端に変わる人(利益ある相手を評価してたかと思うと利益なくなったとたんこき下ろすなど。またその逆も)
(ボダと同症状の理想化とこき下ろしです)
・表面上自信ありげなくせに他人からの評価に敏感で一喜一憂する人
・自分に出来る事を他人が出来ないと見下す人(その逆には見向きもしません)
・嫌な事があると他人のせい、世の中のせいにする人(自分が悪いという発想がない)
・「皆で平等に楽しく」ができない人、仲間はずれを作りたがる人、他人をランクづけする人
・他人を笑い者にすることが面白いと思ってる人(逆に少しでも笑われると怒ったり傷付いたりします)
・人と繋がる方法が「猫かぶり(ぶりっこ)」か「他人を攻撃(悪口や仲間外れや笑いもの)」の人


●何かの狂信的ファン
●大した事ないセンスで他人の服装にケチつける
●謙虚さが微塵もない
●人に敬ってほしがる(対等になれない)
●考えの合わない人間は潰すか、自分に合うように矯正しなければと思っている
●他人にタゲの嘘情報を吹き込んで人間関係を壊す
●他人が誉められるのが気に入らない
●性格が合わないなら関わらないという事ができない
●誇大な夢想。(EXギターが全く弾けないのにプロを目指す
●人のプライバシーに異常に関心がある(タゲのあら探し、もしくは全て知らないと気が済まない)
●あからさまに他者を貶し自分を褒めちぎり、甲乙を付けたがる。
●何の実績も才能もないのに、敬われたい・嫉妬されたい願望が強い。
●誰が見ても凡人なのに、人がみんな自分を羨ましがっていると言う過剰な思いこみがある。
●評判の悪さとは裏腹に、自分は神に近い存在と思い込んでいる。
●自分が勝る為には平気で事実を捻じ曲げ、他者を貶め、嘘もつく。
●常に高圧的で高慢な態度で、普通または謙虚な言動が出来ない。
●自分の考えが一番正しいと思って、人にもそれを強要する。
●お金に対する執着心が異常に強い。
●些細なことにも大袈裟に傷つきやすい半面、人を傷つける言動が目立つ。
●人の粗礒しには躍起になるが、自分がまるで見えてない。
●異状に警戒心が強く、心配性・不安症で、何でもない人まで悪人視する。
●損得・勝敗ばかりに拘る。
●恩もプライドに触り、いつのまにか恨みに化け、人を切り捨てる。
●貪欲。
●人を嵌め、るいつの間にか被害者が加害者、加害者が被害者に変化している。
●親切ぶって色々と高圧的な態度で助言するが、結果、人と人との間に水を差し、関係を悪化させる。
●一緒にいると大変疲れます。自分には何一つ害のない人なのに、一日中一緒にいるとクタクタになります。(目にクマが出来るくらい!)
●交友関係は盛んで、顔は広いようです。いい人なのに、親友はいないです。
●悪気が全くなく、失敗しても人のせいにします。が、最初はいい人なので許してしまいます。
●とにかく、おしゃべりが大好きです。最初は「明るくていい人だな」と誤解してしまいます。
●人の悪口や失敗を、助言しているかのような口ぶりで話し続けます。決して人を褒めません。
●自分の事ばかり話します。前に聞いた事のある話を繰り返し、繰り返し、会う度に話します。自慢話も、さりげなく何度も何度も話します。
●こちらの都合などお構いなく、思い立ったら、長話や、長電話や、メールで一方的に話し続けます。
●人にアドバイスされる事が大嫌いで、何か自分にとって嫌な事を言われると逆恨みします。


自己愛性人格障害者の特徴
・社会的に「賢い」「人当たりが良い」「世話好き」「人脈がある」「常識人」などと評価されることが多い
・天真爛漫、喜怒哀楽。作為的なマイペース
・損得、敵味方の概念が異常に強い
・「責任」という言葉に対して極度に敏感。病的に用いる
・ミーハー。偉人や有名人の言葉に影響されやすい。または過度な崇拝
・自分が牽引役、中心人物だと思い込む(例)やたら会を設けたり、同窓会で幹事をやるなど
・ブログやSNSに熱心
・芸能、服飾、美容、音楽(仕事含)に過度な価値を置き憧れを抱く
・放任主義、過保護に多い。ことあるごとに親(男だったら母、女だったら父)が盾になってくれた
・顔立ちに関して爬虫類(つり目、ギョロ目等)実年齢に対してあからさまに若いがある
・地味で目立たない仕事や評価されない作業はそっぽ向く(例)ゴミ捨てや補助など
・超右寄りな発想、思想
・多数派こそ正義、相手を黙らせれば勝ち、正しい的考え方が異常に強い
・何事も首を突っ込みたがる。率先して相談役に廻りたがる
※他人の不幸で自身のアドレナリンを増やす
・相手へ投げかける言葉が姑息で見事に一貫している(例)あなたの為、~して何が悪い?、みんなもそうだから、そんなの常識!
・気に入らない相手を利用する、試す、陥れる
・三度の飯より集って悪口
・常に誰かと行動しないと落ち着かない。自己愛曰く1人行動する人間は「惨め」「可哀想」
・やたら世間体を意識するので身なり、冠婚葬祭、マナーに関してはキッチリしている
・ただそれは、出来ていない人間への優越感であったり説教目的だったりする


自己愛性人格者の特徴
・強心臓。対人関係において強さや器用さがある
・他人を騙したりおだてることに手慣れている
・第一印象では愛想が良い、聞き上手、筋が通っている、常識人、明るい、面倒見がいいなどと捉えられることが多い
・物事への探求心や冒険心が半端ではない。基本的にミーハーである
・華やかな世界への憧れや価値観が異常に強い
・日本的な風潮や敷きたりにしがみつく。恋愛、結婚、友人、趣味、冠婚葬祭…
・またそれに従順しない人間を馬鹿にする
・裏表のある自分に酔いしれている
・他人とコミュニケーションを取るのが苦手な者や世間的能力的に劣る人間を標的にする
・音楽、ファッション、美容、芸能、芸術、演劇といった文化に異常な憧れを抱く
・天真爛漫、喜怒哀楽的な女性像を目指している。自称する
・女好き。男好き。男勝り。女ったらし
・自分がそうであるのに、同じことをする人間を悉く馬鹿にする
・ブログやSNSにお熱である。友人数稼ぎに必死だったり、自画像をアップする
・コレと言った能力はないのにクラスの中心人物、牽引役だと思い込む
・いわゆる、○○会が大好き。主催もする
・自分がクッション役、まとめ役だと過信している
・流行物や人混みにすぐさま食いつく
・総じて「協調性」「人当たり」が長所だと主張する
・女の酒飲み、女のギャンブラー、女のスモーカー
・親に溺愛されたり、特に干渉をされることはなかった。やりたいことはやれ主義だった
・要領が良い。そのため裏での汚い点が明るみになることは殆どない
・友人だったり人脈に恵まれている。世間的に評価されやすい。上司から可愛がられる
・脳内で相手のスペックを決め付けている※恋愛経験、友人の有無、人脈、趣味とかそんなのばかり
・そのため見下した相手に予想外の発見があると必ず「へぇ~意外」「そうは見えない」と皮肉たっぷりに発する
・実年齢に対して顔立ちが幼い。年齢不詳タイプ
・爬虫類を彷彿とさせる顔立ちである。例:ギョロ目、つり目、ソース顔


自分の失敗は決して認めず、必ず理由を付けます。
否定と無視されることを極端に嫌います。
相手が弱いと見たら脅します。
強い相手には諂い、上手く自分を見せようとします。
ワザと気を引いたりします。

こういう人たちに巻き込まれないためには、距離を保ち付き合うこと、
気を使わないこと、
相手の感情的な物言いは無視して対処すること、
感情は控えること、
堂々としてること、
常に沈着冷静に相手することですかね。


●プライドが異常に高い ●プライドを傷つけられると数年間にわたって恨む
●相手のプライドを傷つけるのは平気 ●こつこつした努力が苦手
●努力無しで成功しようとする ●実力に不相応な地位を望む
●自分より下(と思い込んでる)の人間を見下すのが好き ●陰口が大好き
●人を利用する ●自分が少しでも利用されそうになると過剰に反応する
●ナルシスト ●人の成功話が嫌い ●メシアコンプレックス ●情が薄い
●他人の不幸に無関心 ●特定の人物を絶対視(神格化)する 
●過剰防衛 ●理想は自分が何もせずに周囲に弟子を置いて働かせること
●自分の考えをおしつける ●説教が大好き ●論理力がない
●自分の失敗を正当化する ●虚栄心が強く見栄をはった言動が目立つ
●友達が少ない ●仕事が続かないorやる気なし ●恋愛も続かない
●友達や恋人がいないのを周囲の人間や環境のせいにする





・自己満足の為に他人と関わる
・自己陶酔、自分は特別だと宗教的幻想的に思い込む
・自分が中心でいないと満足できない
・他人に否定されると混乱し、対象に攻撃、人間関係の切り捨て、排除を行う
・他人の気持ちを想像できない、傲慢
・他人に自己の100%の受け入れを強要する
・特定の対象以外には愛想良く、甘え上手である


常に斜にかまえ、他人を嫌い、自分をも嫌う。
親切にされたら、大きなお世話だと罵倒し、
自分を褒める者には、さも自分が友好的な人であるかのごとく演じ、
自分を批判する者は無視するか、烈火のごとく怒号を返してやる。
自分が知性と教養のある人間であるように見せることに腐心し、
他者のあら捜しや、弱点の追及に無上の悦びを感じる。
権威ある者、強いものに媚び、名も無き者、か弱き者を蔑む。
東に生真面目な人がいると聞けば、飛んでいって小馬鹿にし、
西に自己愛から脱しようとしている人がいれば、
そんな努力は無駄だよと嗤って自尊心を傷つけ、立ち直りの機会を奪ってやる。
常に、ターゲットを探し、面白おかしくでっち上げて貶める事に長けている。


人の服装など真似をする。
人が困っているのに関心が少ない
困っている人に対して同情より厳しい意見がでる。
自分がどの様に見られるか気にする
人に見られていることを意識して行動する。


*自己愛が好きな言葉集*
・~してあげた
・~してもらえなかった
・許してあげた
・裏切られた
・助けてくれなかった
・あなたのためを思ってなのに、悪く言われるのは心外
・嫉妬された


・恥を知らない
・無教養
・客観性の恐ろしいまでの欠如
・異物排他的
・集団を重んじる(一人じゃなにもできない。)
・すぐに障害者やチョン< #`Д´>のせいにする
・下ネタ大好き
・噂話大好き
・自分の事を棚にあげて人の事をどうこう言う
・自分は一番苦労して不幸だと思い込んでる
・陰湿(イジメ大好き)
・悪口大好き
・偉ぶってる
・キレイぶってる
・近所を常に監視して、悪口を言う
・しゃしゃりでる
・自分と他人の区別ができない
・さびしがりや
・欧米のマネばかり
・口だけ
・通行人の悪口を言う


(自己愛の毒親)
・子供は親の支配下。
・子供は親に尽くし、子供は親を際限なく受け入れて何を言われてもやられても許すべき。
・親がこれほどの犠牲を払って育てたので、子供たちは親を愛さなければならない。
・愛し愛される家族として世間にも認められ、愛しあう両親、親を愛する子供役を絶対的にいつでも演じて、笑顔でいなければならない。(モデルハウスの冊子にあるような家族像)
・子供は親に貢ぎ、感謝し、尊敬しなければならない。
・縁、義理、親を大切にしない人間は孤立して不幸になるべきだ(してやるぞ)。
・親のためにこれだけの努力をしろ、お前は親の誇りになるべき。


エゴイストの詩
・他人を害して喜ぶのは、自分が強いと勘違いして安心したいから。
・風評をばらまいて自分に有利にしようとするのは、実力がないから。
・隣がやる中傷に同調するのは、仲間はずれがこわいから。
・悪ぶって見せるのは、見下されてイジメを受けるのが怖いから。
・自分がえらいと誇張したがるのは、バカにされたくないから。
・自分がすごいんだと吠えて威嚇するのは、怯えてるから。
・腕前でなく話術で語るのは、自分が劣ると知っているから。
・一人で行動を起こせないのは、臆病なので他人の陰に隠れたいから。
・ウソを仕方ないと言って用いるのは、己が信用に値しないと分かっているから
・被害者だと騙るのは、世論を味方につけたいから。
・詭弁が達者なのは、それだけ失敗を重ねてるから










2012/02/09 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
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モラル・ハラスメント

 [ モラハラ・自己愛
家庭でも学校でも職場でも、人間関係に悩んでいる人はたくさんいる。
どうしてあの人は自分のことを認めてくれないのだろう?どうして皮肉を言ったり、嫌味を言ったりして自分のことを傷つけるのだろう?あるいは、自分を見るたびに顔をそむけ、口をきいてくれないのだろう?あなたはそういった経験をしたことはないだろうか?

そんな時、あなたはもしかしたら、相手がそういう態度を示すのは自分がいけないからだと考えるかもしれない。そうなったら、あなたは相手にわかってもらおうと思って一生懸命説明したり、自分に対する怒りをとこうと思って相手に尽くしたりする。だが、それはまちがっている。あなたはもしかしたら、モラル・ハラスメントの加害者を相手にしているかもしれないからだ。
「モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない」(マリー=フランス・イルゴイエンヌ)より


モラル・ハラスメント


加害者とは


モラル・ハラスメントの加害者は「自己愛的な変質者」です。誇大妄想的で、自分には才能があり、仕事ができると思っています。また人からもそう認められたい。極端に自己中心的で、自分は賞讃や賛辞を求めるのに、他人に対してはまったく共感することができません。

自己愛的な人間の目的は、自分が偉く思えるようなシステムをつくりあげることです。被害者は「スケープゴート(身代わりの犠牲者)」として選ばれます。

加害者は相手を認めない態度をとります。「おまえは駄目だ」と思わせるようなことを繰り返し言って、相手の長所を認めず、最後には自分でも駄目な人間だと相手に思わせるのです。加害者がこういったことをする目的はただひとつ、相手を貶めることによって、自分が偉くなったと感じるためです。

加害者は子供の頃に精神的に傷つけられた経験を持っています。その経験から、相手に苦しみを押しつけ、相手を犠牲にして、自分を「価値あるもの」にしなければ生きていけないのです。ただ自分が優れていることを証明するために、他人を貶めたり、自分が生きていくために他人の精神を破壊する必要がある人間なのです。

「子供の頃のトラウマ」のせいでこういった人格になったことから、加害者は「過去の出来事の被害者」であるとも言えます。しかし守られるべきはまずモラハラの被害者のほうです。

モラハラとは


加害者のモラハラは、自分を「抑うつ症」や他の精神病から守る防衛措置です。自己愛的な性格が「変質的」な段階にまで高まった人間は、自分を守るために、他人の精神を平気で破壊します。しかも、それを続けていかないと生きていけません。「変質」とはそのような意味です。

加害者は、「自分の欠点」から目をそらすために、他人の欠点を暴きたてているのです。もし自分に欠点があることに気づいたら、不安が「精神病のレベル」にまで高まってしまいます。相手の欠点を責めるのはそこから身を守る方策なのです。加害者が落ち着いた生活を送るためには、<悪い部分>をすべて他人に肩代わりしてもらわなければならない、被害者は、「加害者にとって耐えられないもの」をすべて引き受けてくれる「入れ物」、「スケープゴート」なのです。

加害者は自分の身を守るために、他人の精神を平気で破壊します。関係を持つ人間の「健康な自己愛」を打ち砕き、相手が自分に脅威を与えないようにしようとする人間です。また、相手の自己評価や自信なども打ち砕こうとします。このメカニズムがうまく働けば、被害者になった人物に憎しみを向けるだけで、モラハラの加害者の心は落ち着き、それ以外の人々に対しては「感じのいい人間」としてふるまうこともできます。

モラハラの加害者は自己愛的な性格であるだけに、相手の欠点を指摘したり、「自分はつまらない人間だ」と本人に思いこませることに喜びを覚えます。相手が自分に誇りを持てない状態にするのが嬉しいのです。

被害者とは


しかし、どうしてその被害者でなければならなかったのでしょう?加害者は被害者に精神的な暴力をふるうことで、自分が「抑うつ状態」になるのを防ぎ、自分と向きあうことや反省したりすることを避けます。被害者はそのためのスケープゴート(身代わりの犠牲者)です。選ばれたのは、まず加害者の側にいたからであり、どういう形であれ加害者の邪魔になってしまったからです。

人々はモラハラの被害者のことを「弱いからだ」「その人間に何かが欠けているからだ」と考えます。しかし、事実は反対です。被害者は加害者が持っていなくて、自分のものにしたいと思っているものを持っています。だからこそ、被害者に選ばれたのです。

この支配関係のなかで逆説的なのは、加害者が相手の力を恐れれば恐れるほど支配力を強めていくということです。つまり、相手が自分より優位だと思うと恐れる気持ちが強くなり、より強力に相手を支配下におこうとするのです。相手が誰かにほめられたりして、自分よりも優位に立ったと感じると、加害者はいっそう激しく相手を批判します。


小さな嫌がらせの積み重ね


モラハラの加害者は自己愛的であるだけに、絶えず誰かを軽蔑していなければなりません。そうでなければ、自分が他人とはちがった特別な存在であるという思いが脅かされるからです。その軽蔑はまず自分が憎んでいる相手に向かいます。相手のすることや考えていることはもちろん、時には相手家族や友人までが軽蔑の対象となります。そして、この場合、軽蔑は皮肉や冗談の裏に隠されるのが普通です。

モラハラのやり方は、猫がねずみをいたぶるようで、一見とるに足らない小さな嫌がらせの積み重ねです。モラハラの加害者は人をいたぶる機会があったら、それを逃しません。悪意のほのめかしをしたり、ウソをついたり、ちょっとした言葉で相手を辱めたり、とモラハラを行う方法はたくさんあります。その方法を駆使して、相手の心をゆさぶり、精神状態を不安定にさせていきます。
加害者はわざと曖昧な言い方をします。そうしておけば、「そんな意味ではなかった」と言って、巧みに言い逃れることができるからです。<ほのめかし>という手法を使うことによって、加害者は自分の身は安全なところにおきながら、相手に非難のメッセージを伝えることができます。発言に言外の意味を持たせ、相手を攻撃しておきながら、そんなことは言わなかったと言外の意味のほうは否定します。いつでも言いわけのきく安全な立場にいるので、被害者が問いただすと、加害者のほうは「そうやってなんでも悪く受け取るのは被害妄想だ」と答えるのです。こういったやり方は、相手を不安にさせるのに絶大な効果を発揮します。

被害者がその苦しみを伝えるのは難しい。加害者の言葉がどんなイントネーションで言われたのか、その裏にはどんなほのめかしがあるのか、それが非常に重要なことだからです。攻撃は巧妙で、一つ一つを見れば、別に気にする必要もない、取るに足らないものであることが多い。しかし、それが全体としてまとまりを持った時には精神を破壊するだけの力を持ってくるのです。そのため、たとえ加害者が相手を精神的に破壊するのに成功したとしても、まわりにいる人々は二人の性格が合わなかったせいでそんな不幸が起こってしまったのだと考えるのです。
モラハラの目的は、悪意を持って(場合によっては加害者はその悪意を意識していないことすらあります)、相手を傷つけることです。なんらかの形で「目障りな人物を追い払いたい」それだけです。

モラハラ的な状況、つまり被害者が何をしてもそれはまちがっていることにされ、起こったことはすべて被害者の責任にされてしまう、その状態から抜けだせなくなってしまうと、被害者は恒常的な不安を抱くようになります。人間というのは一時的な悪意には耐えられますが、その悪意が日常的に、また繰り返し示されると、持ちこたえることができません。しかも、その悪意を示す人に対してやり返すことも、弁明することもできない状態であれば、最後には病気になってしまうのです。


コミュニケーションを拒否し話し合いを避ける


加害者の攻撃の特徴として、「コミュニケーションの拒否」があります。加害者は相手との「対立」をはっきりさせません。対立がはっきりすれば被害者は状況を理解して、話し合いを求めてきたり、行動に出たりするからです。そうなったら、加害者は相手を不安な状態にすることができず、相手に身を守る余裕を与えてしまいます。
といっても、もちろん、加害者が言葉を使わないわけではない。加害者はむしろ言葉を使うのを得意とする。だが、それはいつも歪んだ形で、相手を攻撃する武器として使われるのだ。ちょっとした嫌味や皮肉、ほのめかしや当てこすり…。そういった言葉で、加害者がまず相手を攻撃すると、そのあと加害者は相手との話し合い;つまり、本当の意味での言葉によるコミュニケーションは拒否する。
加害者は「対立」をはっきりさせないようにしながら、<相手を認めない態度>によって、日常的に攻撃を加え、相手から自信を失わせ、あらたな攻撃の準備をするのです。「対立」がはっきりしなければ、相手は話し合いで問題を解決することができず、ただひたすら不安な状態に置かれることになります。
被害者のほうは、言葉によってきちんとしたメッセージが伝えられてこないので、ほんのわずかな仕草から相手の気持ちを読み取らなければならなくなる。そうなったら、加害者は肩をすくめるなり、ため息をつくだけでよい。すると被害者のほうは、「自分は何をしたのだろう。何か行けないことをしたのだろうか」と一生懸命考えて、悩むようになる。はっきりした言葉で表現されないだけに、ひとつひとつの動作がすべて非難のように思えてくるのだ。


相手を認めない態度で傷つける


加害者は言葉以外のコミュニケーションによって「相手を認めていない」というメッセージを伝えます。たとえば、何度もため息をついてみせたり、肩をすくめてみせたり、軽蔑するような目で見たりします。加害者が言葉を使う時にはいつも歪んだ形で使われます。相手を不安にさせるようなニュアンスをしのばせたり、悪意のあるほのめかしをしたりします。またそれとなく「不愉快な指摘」をすることもあります。

こうして、加害者は被害者がしたことや言ったことを否定して、「君には能力が欠けている」というメッセージを伝えていきます。こういった陰険なやり方によって本人に自分自身の能力を疑わせ、自信を失わせるのです。


被害者はトラウマを負う


いっぽう被害者のほうは、この言葉の攻撃に対してそれほど反応を示さないことも多い。被害者はもともと他人を許す傾向にありますし、また、加害者の言葉にそれほどの悪意がこめられているとは、少なくとも最初のうちは気がつかないからです。被害者が加害者の言葉の攻撃性に気づくのは、その攻撃がほとんど「習慣化」してからです。その頃には攻撃も激しくなってくるので、さすがの被害者も、加害者の言葉には悪意があるのではないかと疑うようになってくるのです。

加害者の暴力をはっきり認めるようになると、被害者はショックを感じます。それまで、被害者は加害者をそれほど警戒していませんでした。それどころか、相手を信頼しすぎていたきらいさえあります。しかし、ある日、突然、自分が相手の玩具であったことに気づくのです。自分は被害者であり、相手に弄ばれたのだと理解します。この思いがけない発見に、被害者は深いトラウマ(心的外傷)を負います。

相手を支配している段階では、加害者は「すべてを知っていて、物事を正しく判断できる全知全能の人間」のようにふるまっています。それだけに騙されていたと知った時の被害者の幻滅は大きい。困難な状況や危険な状況が人を抑うつ状態に陥れるのではありません。無力感や敗北感、罠にはまったという屈辱感が抑うつ状態を引き起こすのです。


周囲のひとたちを巻き込む


加害者は特に他の人間がいる前で、被害者を馬鹿にするようなことを言います。それは取るに足らないことから始まり、次第に被害者の心の領域にまで踏み込んでいきます。被害者のしたことや言ったことをおおげさに暴きたてて、冗談の種にするのです。その時に、まわりにいる人間の誰かを味方につけることもあります。その目的はもちろん相手を傷つけることです。
他者否定的な人は、自己否定的な人には押しつけがましくなります。自分の趣味や考え方を押しつけます。自分のお気に入りの歌手とか趣味に対して、相手がちがう好みを示すと、「だからお前はダメなんだよ」と否定します。仲間といる時には仲間と、いかにもこいつはダメだというように、顔を見合わせて笑います。

相手が不愉快になったことを楽しみ、相手が傷つくことで勝ち誇るのです。他者否定的な人は、親しくない人に対してはビクビクしているので立派な態度をとります。「あざ笑い」の対象は、あくまでも従順な人です。被害者は、被害による心の痛みと、自分がエモノのようにあつかわれたということで自信をなくし、自己否定をするようになります。
加害者は自分のほうが優位に立ちたがるので、被害者に対してかなり批判的な態度を示します。特に人前で相手を嘲弄するようなことを言ったりします。そうして、あとで被害者がそのことを話題にしようとすると、冷たい態度で、「そんな小さなことで騒ぎたてるなんて、君は恨みがましい」と非難します。もちろん、嘲弄するのはやめません。
加害者は挑発を繰り返し、被害者を苦しめ、いらだたせます。加害者が被害者をおとしめ続けるので、まわりの人間も被害者を軽んじるようになります。被害者が反論すると加害者は、「こいつは頭がおかしいんだ。まったく、こうやっていつも職場の雰囲気を乱すんだ」などと非難し、責任を被害者に押し付け、被害者に劣等感や罪悪感を植え付けようとします。


挑発を続け加害者に仕立てあげる


相手を嘲弄したり、皮肉を言ったりと、加害者が言葉による攻撃をしかける裏には、論争を行って「相手に反発させたい」という気持ちも含まれています。加害者は相手を支配下において、「相手に反発されても自分が脅かされないという状態」をつくったうえで論争をしかけるのです。その論争とは自分が勝つためのもので、決してまともな議論ではありません。相手を貶め、自分が偉く感じられれば、その目的は達成されるのです。
モラハラの加害者は自己愛的な性格であるだけに、相手の欠点を指摘したり、それによって相手に暴力をふるわせて、「自分はつまらない人間だ」と本人に思いこませることに喜びを覚えます。相手が自分に誇りを持てない状態にするのが嬉しいのです。言葉はあいかわらず間接的に使われ、その暴力性は巧妙に隠されています。
加害者の理想は他人を<悪>に引きずりこむことにあります。
まわりに証人がいるような場合は、小出しに攻撃を加えて相手を挑発していきます。相手が怒りだすように仕向けるのです。そうして、相手が声を荒げたりすれば、自分はたちまち被害者の位置に身をおき、相手のほうを攻撃的な人間に見せてしまうのです。まわりの人間には被害者の状態が見えないのです。
被害者は加害者の行為によって、次第にいらだつようになります。すると加害者はたちまち「君は怒ってばかりいる攻撃的な人間だ」と言うようになります。被害者が感情的な行動にでれば加害者に利用されます。「あいつは頭がおかしい」「暴力的な人間だ」とかあちこちで言いふらしたりします。攻撃に押しつぶされて、被害者がとげとげしくなったり、仕事もできないほど落ちこんだりすれば、モラハラは正当化されることになります。「ほら、やっぱり、あいつはどこかおかしかったんだ!」というわけです。
ここまで来ると、被害者は何をしようと、辛い状態から抜けだせなくなります。行動を起こせば、「好んで騒ぎをひき起こす人間」にされてしまうし、行動を起こさなければ、加害者の暴力を甘んじて受けなければなりません。被害者は八方塞がりの状態に置かれてしまうのです。


直接的な暴言


モラハラの加害者は被害者を支配下におきます。しかし、ここで被害者がその支配に反抗すると、加害者の心には憎しみがわきおこります。これまでは利用価値のある「モノ」にすぎなかった相手が、突然、危険な存在になるのです。この危険はどんなことがあっても遠ざけなければならない…。こうして、加害者は被害者にモラハラ的な「暴力」をふるいはじめます。

加害者の、被害者に対する憎しみは、被害者の反抗によって突然わきおこったものではありません。もともと被害者を支配している段階から加害者の心のなかにありました。支配と服従の関係を固定する目的で、加害者の心のなかでも慎重にそらされ、覆い隠されてきたものが、表面に浮かびあがってきたのです。そうなると、加害者は徹底的に相手を破壊しようとして、さまざまな「暴力」をふるうようになります。

「暴力」とは、もはや態度や身ぶりではなく、侮辱、嘲弄、中傷、悪口、悪意のほのめかしなど、主に言葉による冷たい暴力です。といっても、ひとつひとつの言葉をとってみれば、それほど暴力的であるとは言えません。しかし、そういった言葉が繰り返し言われることで、ひとつの暴力を形づくっていくのです。この言葉による暴力はいつまでも続き、決して終わることがありません。

この段階まで来ると、加害者と被害者はお互いに相手を避けあうようになります。憎んでいる相手を見ると、加害者のほうは冷たい怒りがわいてきます。被害者のほうは自分に暴力をふるう相手を見ると恐怖を感じるのです。
しかし、そのいっぽうで、加害者は一度つかまえた獲物は決して放そうとしません。この暴力の過程は一度始まってしまうと、加害者はますます攻撃的で暴力的になっていき、被害者のほうは憔悴して無力になっていきます。
加害者の攻撃により、被害者の多くは「抑うつ」状態におちいります。攻撃に気を取られ仕事の能率も悪くなります。「仕事ができない」とレッテルを貼られた被害者は、雇用者から能力の欠如や仕事上の失敗を理由にして解雇されます。


モラハラを治せるのは本人の自覚と努力だけ


加害者が被害者に対するモラハラをやめないのは、そのほうが楽ができるし、得だからです。自分の言いなりになる人間をしたがえていると、えらくなった気分が味わえます。自分が特別すぐれた人間であると感じることができます。このような「うまみ」が暴力にはあるのです。

加害者が謝るときもあります。その際には必ず、「お前があんなことをしなければ(言わなければ)、自分もあんなことをしなかった(言わなかった)んだ」と、被害者に責任の一端を押しつけることを忘れません。それだからこそ、被害者は自分が悪いから怒らせたのだと思い、自分を責めるようにもなるのです。謝ったように見えても、加害者の話をよく聞いてみれば、自分に都合のいい言い訳を並べたてているだけ。被害者を本当に思いやるどころか、自分の都合を主張しているだけです。

加害者は、「せっかく手に入れた利権を手放すなんてバカげている」と考えています。苦痛を感じている被害者には暴力をやめてほしい切実な理由がありますが、加害者には暴力をやめる理由がありません。暴力にはうまみがあり、「暴力をやめてほしい」といううったえを聞き入れると損だと考えています。
そんな加害者がモラハラをやめることがあるとしたら、それは本人の強い自覚とすさまじいほどの努力によってしかありえません。自分のしていることが「相手を傷つけ続けてきた」と理解し、身にしみついている考え方、行動様式、認知といったものすべてを見直していかねばなりません。

加害者は自分のかかえる問題から目をそらし、そばにいる誰かの荒さがしに時間と心をついやしてきました。他者否定の構えです。加害者は他人の欠点をけなすのではなく、自分自身の欠点に向きあう苦痛を体験しなければなりません。これまで逃げて逃げて逃げ回ることで回避してきた苦痛です。加害者は己の内面と向き合い、反省し、葛藤する必要があります。

モラハラという暴力をふるう生き方をなおさないまま生きてきた加害者を変えることは誰にもできません。加害者を変えることができるのは、加害者本人の強い意志だけです。


被害者もモラハラの支配から抜け出せない


被害者は、自分の人間性を非難され「ダメ人間」のレッテルを貼られる。加害者はさらに巧みに「非難されるのはおまえに非があるせいだ」と思わせる。そのため、被害者はその言葉を素直に受け入れ、自己を否定してしまいやすい心理状態となる。

しかし、被害者が自己を責めつづけるかぎり問題は他人に気づかれにくく、加害者の支配からもなかなか抜け出すことが出来ない。しかも、加害者は「ダメなおまえを受け入れられるのは、私しかいない」と自分を唯一の理解者であるかのように思わせる傾向もある。そして、支配から逃れようとすると「おまえのために自分を犠牲にしてきた私から離れようとするなんて、最低な人間だ」などと、罪悪感を植えつけようとさえする。

被害者が素直な人であればあるほど、巧みな言葉に惑わされ、自ら犠牲的立場をとり続けてしまうこともあるのだ。つまり、加害者が自己満足を続けたいがために言葉で操っていることに、被害者自身気づかないということである。
http://www.eonet.ne.jp/~kina/sandbeige/morahara.html
怒りを感じない被害者
だが、不思議なことに、こうして相手の暴力に気づいた被害者が別れることを決心しても、怒りを感じたり、相手に反抗したりすることはめったにない。本当なら怒りを感じることで初めて相手から自由になれるのだが、被害者はいまの相手のやり方が不当だと認識しても、正面から反抗することはできないのだ。怒りはもう少しあとの段階でわいてくる。だが、その段階でも、無意識に抑えられているため、それほど強い怒りではない。本当に怒りを感じて相手から自由になるためには、加害者の支配から完全に抜けださなければならないのだ。

また、これまで相手に操られていたのだと気づくと、被害者はまず騙されたと感じる。ちょうど詐欺の被害にあった時のようなものだ。騙されて、馬鹿にされ、利用されたと感じるのだ。そうして、しばらくしてから、自分は被害者であり、相手に弄ばれたのだと理解する。すると、自分が駄目な人間のように感じて、相手の思いどおりに行動してきたことを恥ずかしく思う。「もっと早くきちんとした対応をすべきだった。どうしてこんなことに気がつかなかったのだろう?」そう考えるのだ。
なにしろ、相手のためによかれと思って尽くしたことで、かえって暴力をふるわれることになってしまったのだ。恥の意識はそういったところか

そうなると、被害者のなかには加害者に対して復讐したいと思う者も出てくる。だが、それよりは相手に自分のアイデンティティーを認めさせ、失われた権利を取り戻そうとすることのほうが多い。その結果、被害者はまず相手に謝罪を期待する。だがもちろん加害者は謝ってはくれない。そのかわりに、かなりあとになって、モラル・ハラスメントに加担していたまわりの人から謝罪の言葉を受けることはある。だが、それだけでも被害者はずいぶん救われた気持ちになる。

モラハラ対策と被害者の回復


モラル・ハラスメントの加害者と関わってしまったら、その経験から得るところは何もない。被害者がまず最初にしなければならないことは、相手に寛容になりたいという自分の理想を捨て、自分が愛している(あるいは、かつて愛した)相手は性格的に障害を持った危険な人物だと認識して、何があっても自分の身を守らなければならないと考えをあらためる必要がある。被害者は加害者の支配から抜けださないかぎり、身を守ることはできない。また、加害者にどんな感情を抱いていたとしても、加害者が自分にとって危険で、悪意のある存在だと認める必要がある。
相手のやり方をよく知って、攻撃から身をかわすことは大切です。加害者から非難された時に、弁明をする必要もありません。泥沼にはまるだけです。いちばんいいのは黙っていることです。大切なのは相手の挑発に乗らないことです。相手の「言葉の裏にひそむ攻撃」には無関心を装い、微笑みを浮かべてユーモアのある答えをします。しかし、決して皮肉な調子にはならないこと…。被害者にはそう助言したい。いつも冷静さを保って、相手の攻撃の罠にはまらないことが大切なのです。言いたいことは言わせておけばよいのです。自分のほうは決して苛立たず、身を守る準備として、何を言われたか書きとめておくのです。

モラハラの被害者は相手を理解しようとすると同時に、「相手を見て」もいます。また、被害者は非常に明晰な頭脳の持主なので、加害者の弱みや欠点を知ることができます。したがって、少し距離を置いて考えてみることさえできれば、「悪いのは相手のほうだ」とわかった時、相手に対して自分を閉ざすことができます。大切なのは自分が置かれている状況をはっきりと認識することです。それができれば、「私が優れていようといまいと、相手から憎しみを受けるいわれはない」そう考えることができるようになるのです。

しかし、被害者が事態をきちんと理解しはじめると、加害者にとって被害者は危険な存在になりはじめます。そうなったら、加害者は被害者を恐怖によって黙らせようとします。モラハラの状況から逃れようと思ったら、一番いいのは相手との接触を断つことです。

加害者の支配から自由になった被害者はそれまでとはちがった人間になります。それはもちろん、モラハラという辛い体験から貴重な教訓を学んだからです。実際、被害者は自分の独立を守ることを学びます。また、言葉の暴力から身をかわすことを学び、誇りを傷つけられるのを拒否することを学びます。



2012/02/15 | Comment (4) | Trackback (0) | Edit |
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