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小保方さんは自己愛性人格障害か演技性パーソナリティ障害か

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小保方さんとパーソナリティ障害者の記憶改ざんについて



「小保方さんは記憶をすり替えてしまったんだろう」という香山リカさんのコメントがネット上で思った以上にバッシングされていました。小保方を擁護するのか!と叩かれてましたが、「病気だから仕方がないネ!」と言っているわけではなく、そういう障害の可能性があることを指摘している、というだけのことだと思います。

記憶改ざんは心の病ではなく脳の障害です。
たとえば、幼少期に「悪い子は捨てられてしまう」という強い恐怖を感じながら育った子供は、悪い自分=死ぬ、という恐怖が脳の扁桃体というところに記憶されます。こういう人たちは何か悪いことをしたと感じた時、死の恐怖から逃れるために、脳が先回りをして悪いことをした記憶を消してしまったり、相手が何かやったから自分は仕方がなくやっただけなんだ、と辻褄合わせの嘘を自分自身に思い込ませ、記憶を改ざんしてしまうことがあります。

これは扁桃体が、快・不快、利益・危険を察知して、逃げるか戦うか、記憶するかしないかを判断する部位だからです。(悪い自分→死の危険→記憶しない、を選択)
人を騙すためではなく自分を騙すために無意識下で働くので、本人も嘘をついている自覚はないのです。

だから小保方さんも世の中を混沌に陥れてやるぞ!と思ってSTAP騒動を起こしたわけではなく、できたらいいな、できたらいいな、→できた!!と思い込んでしまった。それをへ~できたんだ?じゃあ発表しよう!と何の検証もせずに発表してしまった理研の杜撰さを「小保方さんという一人の凄く個性的な方の“夢”と、iPS細胞に負けまいとする理研をとりまく“現実”の思惑が不幸な形で出合い、出来上がってしまった茶番」と表現されているのだろうと思います。

パーソナリティ障害の記憶改ざんは、一番厄介なところです。相手が全く正反対のことを本気で言い出し、話し合いにすらならないからです。今年は佐村河内氏に始まり、小保方さん、野々村議員といろいろありましたが、思ったほどパーソナリティ障害問題が世間に浸透しないまま終わろうとしており、残念です。
(2014/12/20 追記)

香山リカ氏 小保方氏の心理状況分析「“できた”と現実がすり替わった」
10カ月以上にわたり、日本中を騒がせた「STAP騒動」はいったい何だったのか。

精神科医の香山リカさんは「小保方さんという一人の凄く個性的な方の“夢”と、iPS細胞に負けまいとする理研をとりまく“現実”の思惑が不幸な形で出合い、出来上がってしまった茶番だったのではないか」と指摘した。

また、小保方さん自身については「メディアを通じての彼女しか知りませんが、意図的にうそをついて世の中をだましたとは言い切れない」と分析。「人類を救いたい、人のためになることをしたいという理想を持っていて、夢を追い求めているうちに、近道として万能細胞と出合い、“やるしかない、やらねば”が、“できるはず”と確信となり、“できた”と現実とすり替わった」との心理的状況を指摘した。

香山リカ氏 小保方氏の心理状況分析「“できた”と現実がすり替わった」 ― スポニチ Sponichi Annex 社会




小保方さんのSTAP細胞の発見はウソなのか本当なのか。

「小保方さんにとって嘘をつくメリットがない、だから本当なのではないか」と健全な人は考えてしまいがちですが、何らかの人格障害であった場合、論理的な考え方は通用しません。
自己愛性人格障害であれば、「世紀の大発見をし、世界中から賞賛を浴び崇め奉られる私」という妄想をしまくっている内に、現実を否認し、本当に発見した!と思い込んでしまう可能性は大いにありえます。同級生の証言によれば、学生時代から妄想と現実の区別がつかないタイプの虚言が既にあったようです。(付き合ってもいない男性の家の間取りを語る等)
個人的には本当であって欲しいと思うのですが。


自己愛型パーソナリティーだと思います(明大講師の関修氏)
「ニセ作曲家の佐村河内守氏に似ていると思いました。佐村河内氏は、謝罪会見をしながら、本心では悪いとは思っていなくて、裏切った新垣さんを攻撃していた。小保方さんも<私の不注意、不勉強、未熟さで…><心よりおわび申し上げます>と謝罪しながら、<でも、私は…>と自分の正当性を訴えていた。自己愛型は、自分が正しいと信じ込んだら、絶対に譲らない。他人にどう見られているかを、すごく気にする。小保方さんは“未熟だが、熱意ある研究者”を演出しようとしたのかもしれない。自己愛型は、自分を守るために、自分に都合の悪い相手を攻撃する特徴がある。もし、理研が最終報告書を撤回せず、懲戒処分したら、裁判に訴える可能性が高いと思います」
日刊ゲンダイ|「200回作製」で完全墓穴 小保方さん学者人生“絶体絶命”


小保方さんは演技性パーソナリティの可能性が高い(精神科医の熊木徹夫氏)
「小保方さんは演技性パーソナリティの可能性が高いのではないか。
彼女の研究倫理のなさが厳しく指弾されるなかで、昂然と不服申し立てをするという『理不尽なズレ』も、そう考えると説明がつく。
研究も成果発表も反論会見も、全て彼女の自己演出の手段なのではないか。
そういう意味では彼女に『作為』はあっても『悪意』はなかったように思います」(精神科医の熊木徹夫氏)

精神科医の香山リカ氏
「彼女には、自分は絶対に称賛を集めるんだ、という確信が若い段階からまず先にあって、そのためのひとつの手段としてSTAP細胞に飛びついたのではないでしょうか。
ですから、悪気があって捏造したという意識はなく、STAP細胞ができたという錯覚に今も陥っているのではないでしょうか」(精神科医の香山リカ氏)
「小保方劇場」第3幕は法廷闘争!不服申し立て却下で懲戒解雇なら「無効訴訟」 : J-CASTテレビウォッチ


小保方晴子氏は「空想虚言症」ではないか
「空想虚言症」は病気というよりは、むしろ癖というか性格傾向であって、自分を実際以上に大きく見せかけて注目や称賛を浴びたい、つまり自己顕示欲の強いタイプに多い。最初に割烹着で登場したときも、涙の記者会見のときも、小保方氏の自己演出力には舌を巻いたが、これは強い自己顕示欲ゆえだろう。

小保方氏が「空想虚言症」である可能性を私が指摘したのは、「STAP細胞はあります」「200回以上作製に成功している」などと主張しながら、明白な新証拠の提出がなく、再現性も確認されていないからである。

「空想虚言症」の方は思いこみが強く、空想と現実の区別がつかなくなっており、自分の願望を投影した空想を細部にまでわたって、いかにも本当らしく物語る。京都大学の山中伸弥教授のノーベル賞受賞が決まった直後に「iPS細胞の臨床応用に成功した」と発表した森口尚史氏のときもそうだったが、本人が信じこんでいるだけにやましさがなく、聞き手のほうもだまされやすい。
片田珠美(87)小保方氏はニュートンか? STAP細胞と錬金術



小保方氏の同級生が明かした「メルヘン妄想&虚言癖」
 小保方氏は私立の進学校・東邦大付属東邦高校(千葉県)出身。ある同級生は当時の小保方氏の強烈な印象を明かす。

「ひと言で表すと“不思議ちゃん”。友人と話すときも1人でガーッとしゃべって、相手の話は聞かず、会話が自己完結して最後に満足そうに『ウフフ』と笑う。そんなお花畑にいるようなメルヘンな人でした」


 男子バレーボール部のマネジャーとなった後、同級生の男子2人を巻き込む騒動を起こしたこともあったという。

「A君にはストーカーのようなことをしてましたね。『私はA君の彼女なの。一緒に帰って、こないだは家にも行った。A君の部屋は階段を上がった2階にあって…』と具体的に話すので、A君にみんなが問いただしたんです。そしたら『一緒に下校したこともないし、家に来たこともない』。妄想、虚言の癖があるとみんなわかったから、仲の良かった女子の友達も離れていった」(前出の同級生)

 A君との仲が現実には進展しないとわかると、別のバレー部の同級生B君に“乗り換え”。そこでも同じことの繰り返しに。当時から小保方氏の巨乳は男子の間でも有名で、“巨乳の不思議ちゃん”として知られるようになったという。

 STAP細胞論文の記者会見に華々しく登場したときも、高校の同級生の間では賛辞と同時に批判の声も上がっていた。

「バレー部の件を知っている人からは『でも、うそつきだったよね』という声が最初の会見のときから出てました。その後、論文の盗用、コピペなどの話が出て『やっぱりね』となりました」(別の同級生)

 10代のころから虚言癖があったとなると、研究者として以前に、人間性の問題ともなってくる。
小保方氏の同級生が明かした「メルヘン妄想&虚言癖」 | 東スポWeb


小保方晴子に更なる新事実
・メディアの取材が始まってから、おばあちゃんから受け継いだという割烹着(部下によると本当は伊勢丹で購入)を着るようになった
・ブランド服が大好きで、特にヴィヴィアンウェストウッドは研究室の全PCの壁紙に設定するほど
・研究室では指輪を両手全ての指に着用し、「女子力」という言葉を盛んに使う
・研究室はピンクの壁紙で埋め尽くされている
・ポエマーで研究中もノートに詩を書くことを怠らない
・高校時代は手相占いの天才(自称)
・ムーミンの世界に入りたいと日頃から言い、女友達の似顔絵としてムーミンをよく描いた
・STAP細胞の名前を本来は「王子様にキスされて目覚めるお姫様」になぞらえた 「プリンセス細胞」(P細胞) と名付けようとしていた
・東邦大東邦の同級生によると、彼女は思い込みが激しく、好きな男子と付きあってもいないのに付きあっていると言いふらした 「不思議ちゃん」 「当時は、後に国立医学部に進学したバレー部の秀才にずっと片思いしていました。彼にはその気がなかったようですが、彼女はとても思いが強く、『もう諦めたほうがいいよ』と忠告する友人たちに『もう私が彼女だもん!』と泣きながら食ってかかり、ハラハラしたほどです」(同級生)
(週刊新潮・週刊文春より)


小保方晴子「すり寄り作戦」
週刊文春によれば、ハーバード大学の留学を終え、理化学研究所で客員教授になった小保方さんの最初の『ターゲット』は、クローンマウスの専門家である若山照彦氏(46・当時は理研チームリーダーで、現在は山梨大学生命環境学部教授)だったという。

「最初はおしゃれできれいなお嬢さんだと思いました。とても明るく社交的でしたし。でも、徐々に違和感が募ってきました。小保方さんは特定の男性に対してだけしつこくすり寄るのです」
「若山先生に取り入ろうとする態度が露骨なのです。『センセ、センセ』とずっと追いかけ回すような感じ。甘ったるい声で『教えてくださぁい』と覗き込むときの距離も近すぎて、若山先生も困惑していました」(元同僚A氏)

「リケジョの星」「おばあちゃんの割烹着」囃したメディアも検証必要
血液病理学が専門の医師で、広島大学名誉教授の難波紘二氏は小保方論文に早い段階から疑義を呈してきた。それもちょっと考えればわかることだったという。

「メディアは、『リケジョの星だ』『おばあちゃんの割烹着だ』などと騒ぎましたが、そもそも割烹着を着ていること自体、研究者としておかしいでしょう。襟も背中も大きく開いている割烹着では異物混入の可能性もあり、実験には不適切です。またあのお化粧や、つけまつげにしてもそうです。専門家ならすぐに『あの人は何かおかしい』と思うはずです」

いわれてみればその通りである。だが、メディアは疑うこともなく、割烹着美人だと持ち上げたのだ。ある社の科学部記者はこう語る。

「あれだけ理研のビッグネームが揃っているのだから、そんなはずはない、信じたいという気持ちのせめぎ合いで、ある種、金縛り状態になっていたのです。あそこまで小保方氏を持ち上げておいて、確たる証拠もないまま掌を返して批判すれば、もし本当にSTAP細胞が見つかった時に大変だ、という気持ちもあり、なかなか積極的に動けなかった。(中略)

論文が掲載されたのが、掲載率一割以下という審査の厳しさで知られる科学雑誌『ネイチャー』でした。それに小保方さんは、あのノーベル化学賞の野依良治氏が理事長を務める理化学研究所のユニットリーダー。加えて共著者の笹井氏は、三十代の若さで京大の再生医科学研究所の教授に就任した、その世界では有名な方ですし、同じく共著者の若山照彦・山梨大学教授もマウスを使った実験の世界的な権威。こうした名前の『ブランド力』を妄信してしまった部分はある」

第2の佐村河内事件どころではなく、日本の科学界の信用を失墜させたという意味では、かつてない大スキャンダルである。世間的には有能な人間の集まりと思われていた理研の科学者たちが、たった一人の女性にコロリと騙されてしまったのである。理研はもちろん、マスメディアも含めて、なぜ彼女がこのようなことをしたのかを徹底的に検証し、すべてを公表しなければいけないこと、いうまでもない。
小保方晴子「すり寄り作戦」 : J-CASTテレビウォッチ

2014/04/10 | Comment (1) | Trackback (0) | Edit |
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佐村河内守氏と自己愛性人格障害と職場モラハラについて

 [ 未分類
ゴーストライター問題で騒がれている佐村河内氏は自己愛性パーソナリティ障害を語るのにとてもわかりやすい人物像だと思うのでもう少し話題になって欲しかったのですが、メディア的にはその点は深く取り上げられることがなく終わってしまい残念です。
才能があり、強く言い返せない性格の新垣さんを道具のように利用し、実績を主張しておいしいところを横取りして自分だけが賞賛を浴びる、というのが自己愛性人格障害者の職場モラルハラスメントそのものです。
ただ、加害者は自分を正当化するのがうまく、狡猾な人ほど自分の非を気づかれない程度に優しい労いの言葉をかけてコントロールしているため、同じような目に遭いながらも気づいてすらいない被害者も多くいるのだろうと思います。
(加筆・修正しました。)


ターゲットとなった新垣さんについて


才能があるが、おとなしく強く言い返せず言いなりになってしまうタイプ。職場でも仕事はできるが自己主張できないタイプの人はうまく言いくるめられて利用され、何の感謝もされず、最後に実績だけ奪われます。
さらに、新垣氏について「彼は無口であまり話さない。言い方は悪いけどイエスマンだった」といい、「こうして欲しいと言えば、そうしてくれた」と関係性を明かした。


佐村河内と自己愛性人格障害の特徴


特徴の詳細についてはこちら(自己愛性人格障害の特徴)をご参照ください。


権力や成功、地位に対する欲求が強い
何の実績もないのに誇大的で自信に満ちた振る舞い
持続的な注目と賞賛を求め、必死
ウソ、大袈裟、話を盛る
「とにかく目立ちたがり屋。パーマをかけたり、学園祭では手品をやったりしてね。彼は虚勢を張るタイプ。大ボラ吹いたことで一度地元の不良から目をつけられたこともありました。演劇部に所属していて、高校を卒業したら役者になりたいって話していましたわ。スタントマンをやったり、映画でちょっとした脇役とかをやっていたそうですよ」


自分の利益のために平気で人を利用する
人を利用し道具のように使う [ モラハラ ]
・生産的かつ創造的な仕事に熱心に取り組むことは少なく、他者の尊敬や注目を集める職業や社会活動に表面的に派手に参加しようとする。
・他人への優越欲求を持ちながらも、苦労や努力を嫌って不正な行為で自己評価を上げようとする謀略。
・他人の業績を横取りして自分のものにする。
自身の成功と名声のために新垣氏を利用。

2人の出会いは1996年。佐村河内が映画音楽の作曲を新垣氏に依頼したのが始まりだった。佐村河内は「この作品はぼくの名前で発表したい。君の名前は演奏家としてクレジットするし、将来必ず引き上げるから、しばらく協力してほしい」と持ちかけ、以来ゴーストライターが18年間続いた。

「面倒見の良い私」を演出するための小道具として不幸な人を利用します。
佐村河内氏の場合は、さらに震災で苦しむ人たちをも愚弄した。

「津波で母親を失った少女に近付き“感動秘話”に仕立て上げたが、結局は自身の知名度を上げるために利用しただけだった。本人は否定しているが、被災地を回り『震災で親を亡くし、つらい思いをしている子はいないか』と聞いて回っていたのは、紛れもない事実。被災地を侮辱していますよ」


感謝や見返りを要求する
人の世話を焼き感謝を求める自己愛性人格障害
自己愛者の親切めいた行為は必ず見返りを求めています。これだけのことをしてやったのだから自分の言うことを聞く義務がある、と思っており、相手が思い通りにならないと(自分が勝手にしたことなのに)、「恩知らずだ」となじって罪悪感を与えることで優位に立ち、相手を支配しようとします。
ヴァイオリンのためのソナチネは義手のバイオリニストの少女の存在を知った佐村河内が、少女に作曲、贈呈したとされた曲であった。
作曲後、佐村河内を特集したテレビ番組で、この「美談」が紹介されたが、放送終了後に佐村河内から少女の家族に「お宅は私のお蔭で娘がテレビに出られたのにもかかわらず、私への感謝の気持ちがなさすぎる」というメールが届いた。
これに驚いた家族が「いままでお世話になったことは感謝しているけれど、我が家から娘をテレビに出してほしいと頼んだことは一度もない」と返信したところ、佐村河内は激怒し、最終的に両者は絶縁状態となった。


虚言癖・平気で嘘をつく
平気でうそをつく
『鬼武者』製作発表。販売元であるカプコンの関係者によると、この日を境に「(佐村河内は)全聾である設定」にした、彼の耳が聞こえていることは、社内では皆が知っている暗黙の了解事項だった、という。
佐村河内氏「10歳でバッハを弾きこなし、大人数相手に喧嘩しても勝った」

しかし地元で暮らす同級生らは、佐村河内氏を冷ややかな目で見ていたという。
「お母さんからピアノの英才教育を受けていたと聞いて驚きましたよ。ピアノを弾いているところなんて1回も見たこともないですし、クラシック音楽について話を聞いたこともありません。そもそも彼は商業科に所属していましたが、ほとんどスポーツ推薦の人ばかりです。虚言癖は昔からあって、“大人数相手にけんかして勝った”とかね。そういうふうに自分を大きく見せちゃうところがあって。でもそんなのすぐに嘘ってわかるようなものばかりなんだけど(笑い)」
偽ベートーベン妻の母

同氏への不信感は、昔から芽生えていた。妻には同氏と同じ年の弟がいた。妻と同団地に住んでいた同氏は高校生時代「○○君(妻の弟の名)の友達です。××さん(妻の名)いらっしゃいますか」と突然妻の家を訪ねてきた。後に弟に同氏について尋ねると「そんなやつ知らない」と答えたという。うそをつき妻に接近した可能性があった。


人を思い通りにしたいという支配欲
思い通りしたい支配欲が強くマインドコントロールしようとする
憤怒を見せる、別れをちらつかせるなどの方法で相手を不安にさせ、思い通りに動かそうとする。
佐村河内守氏(50)から「ヴァイオリンのためのソナチネ」という曲を送られた、義手の少女バイオリニストの父親がコメントを発表した。
(中略)
しかし「ここ1年ほどは、絶対服従を前提に徐々に従いがたい要求を出されるようになり、昨年11月に、“服従できぬ”と回答しましたところ、大いに怒りを買い、絶縁された状態になっております」と語り、現在は交流がないことを明かした。

佐村河内氏から「ソナチネ」送られた少女の父「深く心に傷」

直接的な命令(脅し)だけでなく、(言うことを聞かなければ)自殺すると言い出し、新垣氏を不安にさせたり罪悪感を感じさせる方法でコントロールしようとしています。
2013年10月、新潮社発行の月刊誌『新潮45』11月号において、「佐村河内は耳が聞こえているのではないか」という疑惑が出た。ゴーストライターとして佐村河内作品の作曲を行っていた新垣隆(にいがき たかし)は、これを機に佐村河内との関係解消を申し入れた。

佐村河内からは「夫婦で自害しお詫びしようと思います」と電子メールが来た。佐村河内は自殺をほのめかしつつ作曲の継続を訴えたが、新垣は最終的に事実を公表することにした。
「ゴーストライターを辞めたいと申し出た新垣氏を執拗に脅していたという情報もある。桐朋学園大学で非常勤講師を務める同氏に対し『(ゴーストを)辞めたら、大学にいさせなくする』『自分の人脈を使えば簡単だ』などとクギを刺したかと思えば、『辞めたら自殺します』と泣きを入れることもあった。大学に愛着のあった同氏はその言葉に縛られてしまった。クビの恐怖を植え付けることで、新垣氏を支配下に置いたと言っていい」


対人操作、周囲の人を巻き込む
対人操作をする
自分の思い通りにコントロールするため、ターゲットの周辺にいる人に取り入って自分の味方につけ、孤立無援の状態に追い込む。
石川先生はみっくんが4歳の時からヴァイオリンを教えていた。
だが、この石川先生のもとへも佐村河内の魔の手が及んでしまう。みっくんと佐村河内氏が交流するようになるにつれて、佐村河内氏と石川先生も交流するようになる。

その中で、石川先生は彼のことを天才音楽家だと思い込み、みっくんが昨年のヴァイオリンコンテストで思ったような結果を残せなかったことに対して、「みっくんは守さんが『学校の卓球部を辞めなさい』と言っていたのに、言うことを聞かないからこういう結果になった。今すぐ卓球部を辞めないなら、私も今後教えられない」とコメントしたという。

佐村河内守、義手のヴァイオリン少女への非情なメールの実態【みっくん】


デリカシーがなく人を傷つける
自己愛性人格障害の人は相手が一番言われたくないことを言い自尊心を傷つけ価値を貶めることで優位に立とうとします。デリカシーがなく平気で人を傷つけるのですが、言いにくいことをあえて言ってあげる自分は愛情があると自己認識することで自分を正当化しています。
みっくん
「メールの件、ずっとよく考えていました。手がないとヴァイオリンの先生にもなれない、というのは、とてもショックです。それから、石川先生にはもう信頼してついていくことはできません。ごめんなさい。」
佐村河内
「同情してウソを教えるより、ショックでも真実を教えてあげる方が愛情があると思う。」


責任をとらない(他責的)
部活を辞めろという要求を飲ませるために、直接的な命令ではなく相手に選ばせる方法をとっているのは、何かあったときに「自分で選んだあなたが悪い」と責任を押し付けることができるからです。モラハラでも「俺が悪いというのか?」と質問する、という方法をよく用います。(ハイと言えば逆ギレや無視・嫌がらせが始まるのでイイエと答えざるを得ない。必然的に「じゃあ悪いのはお前だな」となる。)
大人ですらマインドコントロールされ自分の方が悪いような認識を植え付けられてしまうのに、二択に惑わされず、部活も辞めないしバイオリンも辞めない、という選択肢を選び、相手がおかしいと気づけたこの子は本当に賢いと思います。
佐村河内
「そろそろ答えをだしなさい。①か②かどちらかです。
①部活を続けて、石川先生には謝らずレッスンをやめる
②部活をやめて、ご両親と一緒に石川先生に深くお詫びをして、再び石川先生にレッスンを再開してもらう。
好きな方を選びなさいあなたの人生だから。でも結果は早くだしなさい!」
みっくん
「遅くなってすみません。
やっぱり考えたけど、①です。②はどうしても考えられません。ごめんなさい。」
佐村河内
「プロのヴァイオリニストを目指すことはやめることに決めた=ヴァイオリンをやめるということですね。
返事はいりません」
みっくん
「ヴァイオリンをやめるとは言っていません。続けます。本当に大人は嘘つきだな、と思いました。もう大人は信じられません。」


謝らず、言い逃れをしようとしたり不可解な言い訳・ウソで自分を正当化
謝らない、言い訳する、正当化する、人のせいにする
謝罪会見と言いつつほとんど言い訳のためだけの記者会見。
「週刊文春」で告発記事を執筆した作家の神山典士氏
「この騒動の中で出てくるということに、僕も多少なりとも頑張ってほしいという気持ちがあったが、内容を聞くとまったく誠意が感じられなかった。謝りながら『名誉毀損で訴える』とか、無茶苦茶な論理。彼の論理に乗っかってしまうと、操られてしまうと思った」
「この会見で明らかになったのは、佐村河内さんが最初に謝罪した。その謝罪は何かと言うと“バレてしまって世間を騒がせてしまってごめんなさい”という謝罪だったということが明らかになった」と断言し、「自分のやってきたことの本質に対して謝っているんじゃないんだということ」と切り捨てた。


謝罪させようとする
自己愛性人格障害の人が「人を謝らせることが好き」なのは、謝罪すること(自分が悪いと認めること)は彼らにとって最も屈辱的なことであり、そのやりたくないことを相手にやらせることで自分との力関係を確認し、支配欲を満たすことができるからです。相手が思い通りにならず怒りを感じた時やプライドを傷つけられた時、やたらと謝罪の言葉を要求する傾向があります。
(義手の)バイオリニストの「みっくん」に対して、謝るのかバイオリンを辞めるのかというメールを打っていますが、自分にどういう力があって一人の女の子の運命を左右しようとしたのでしょうか? それに対する謝罪の言葉も聞けていないのですが。


思い通りにならない、プライドを傷つけた相手への怒りと復讐感情
自己愛性人格障害の人は自分の思い描いた理想の世界を築くために全力を注ぎ、その世界を壊した人に強い怒りと復讐の感情を抱きます。(他者に期待を裏切られたり、自尊心を傷つけられる軽蔑を受けた場合の激烈な自己愛的憤怒と復讐感情。)
ところが、新垣氏について話が及ぶと、声を荒らげて糾弾し始めた。

「なぜこのタイミングで暴露したのか、個人的には大きな疑問でした。新垣さんは『何度もやめましょうと言った』としているが、18年間でたったの1度だけ。それも最近のことです」「普通に会話したと言っているが、全くのウソ。それは検査でも明らかです」「私のウソの自伝本の、幼少のころを書いたのは新垣さん」などなど非難のオンパレード。揚げ句の果てには「名誉毀損で訴えます」と宣言したのだ。


新垣氏の信用を失墜させつつもさりげなく自分の印象を上げることに必死。冒頭の「言いにくいけど正直に言います」というのも自己愛性人格障害らしい言い回しです。ゴーストライター問題が明るみに出て「嘘つきである」という前提で見ているからこそ嘘だと見抜けますが、職場で中立の立場で聞いていれば、ここまで堂々と言い切られると信じてしまう人も多いと思います。相手を騙すため嘘をついているというよりも、自分の心を守るために記憶を改ざんしてしまい、本気でそう思い込んでしまっている場合もあるので、証拠がない限り水掛け論に終わります。
私は今ここで正直なことを言っています。とても言いにくいことですけども。

私が曲の内容、意味合い、構成などを説明して、ギャラを提示するんですね。「このぐらい」で。とすると彼は間違いなく最初は、首を横に振ります。次に、私が値をつり上げると、彼はおそらく渋い顔をして「うーん」と、やります。その後に、もう少し値段をつり上げると彼は笑顔で「いいですよ」。

これがこの18年の真実です。これが、本当に「心からこんなことはもうやめたい」と思っていた人の発言でしょうか。私は雑誌を見て目を疑いました。

ゴーストライターを使うなどというやり方は本当に間違っていたと思います。ですが、闇に沈む人たち、その方たちに光を当てたいというような気持ちは、自分で障害を負ってから現在に至るまで、天地神明に誓って本物です。


反省しない、恥や罪悪感を感じない
表面的に謝罪の言葉を述べていても、心の中では何らかの形で自分を正当化しており、自分の誤りを全く認めていないだろうと思います。「加害行為を行いながらも被害者意識がある」ことが自己愛性人格障害の特徴で、名誉毀損で訴え返すのはその象徴的な行動です。


演技性人格障害の可能性
同じクラスターB群(周囲を巻き込む劇的群)の演技性人格障害ですが、特徴はほとんど自己愛性人格障害と同じです。自己愛性も人からよく見られることを意識し自分を演じていますし、憧れの人になりきりその人のように振る舞うことで自分を守っているので(○○さんに似ている自分は素晴らしいという同一化)、マネをしていた自覚すらなくなってしまいます。大げさな表現(もったいぶった言い回しや難解な表現)も自己愛性人格障害の特徴の一つです。
精神科医の香山リカは、佐村河内の会見後、佐村河内の人格について次のように評している。

直接診察していないため断定はできませんが、彼は『演技性人格障害』の可能性があります。この人格障害の方は注目されることが価値のすべてと感じてしまう。そうなるためには手段を選ばす、嘘をついたり外見を変えるなどわかりやすい振る舞いをする。そして演じているうちにその人格になりきり、嘘をついている自覚もなくなってしまうのです。今回、彼は殊勝な印象を与える髪型にスーツ姿でしたが、それは新たな人格を作り上げたと見ることができます。“天地神明”など大げさな表現をするところにも、その特徴が出ています。会見では報道陣からバッシングやフラッシュを浴び続けましたが、“注目を集めた”という状態は、彼にとって快感だったのかも。そして新垣氏にあそこまで敵意をむき出しにするのは、彼が作り上げた世界を壊したことへの怒りがあるのだと思います。


反社会性パーソナリティーの可能性
反社会性人格障害も同じクラスターB郡の人格障害なので、特徴は自己愛性人格障害とほぼ同じです。

臨床心理士・矢幡洋が、佐村河内守の隠された人間性について解説。
佐村河内守は、せめてもの抵抗している姿を示さないと気が収まらない、攻撃性がある人物。佐村河内守には、他人に迷惑かけても罪悪感を起こさい「反社会性パーソナリティー」がある。

臨床心理士の矢幡洋氏は、佐村河内氏会見について気になる2つの点を指摘した。
1つは「週刊誌を相手にするのではなく、新垣さん個人を訴訟のターゲットにした。これは、まだ言われたら困ることがあって、ああいう場で訴訟を持ち出すことでけん制をかけたのではないか」と分析。

もう1つは「ウソ八百」「イエスマン」など、発した言葉の強さについて。「本来謝罪の場だったのに、選択する言葉が非常にアグレッシブ。攻撃性を持った人間で、厳しい質問に元来の攻撃性を抑えられなかった。また、否定する言葉に相手をさげすんだ気持ちが出ている」という。

髪を切り、風貌を変えた点には「そもそも、長髪にサングラスなどで相手を心理操作しようとしていた。今回も世間を心理的に操作しようとしているのでは」。一方で「騒動後に目立たないように生活するためもあったのかも」とみている。



佐村河内氏は事あるごとに新垣氏への反論を繰り返した。「一番嘘をついたのは自分であるにもかかわらず、嘘の構図の中での2人のやりとりでいろいろあったと言いたいのであろうが、大前提が嘘で虚構。それは論理的にも成立しない。それに彼はここにおらず、反論もない中で断定的に言い切るという彼のレトリックは詐欺師のモノだと思う。いちいち新垣さんを出さないと自分の存在、やってきたことが証明できないという構成の仕方はあり得ない」と断罪した。

 佐村河内氏は新垣氏だけでなく、告発記事を書いた神山氏も含めて「名誉毀損で訴える」と発言。これについては「どういう名誉をお持ちなのかを聞きたい。これから弁護士さんに相談するんでしょうけど、僕としてはあり得ない。(裁判で)戦うも何も彼が全てが虚構でしたと認めているわけですから、その上で彼が何をやろうとしているのかわかりません」。

2014/02/17 | Comment (0) | Trackback (0) | Edit |
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前頭葉・扁桃体などの脳の機能に関する資料資料
特徴資料体験談
等身大の自分を愛せない資料
自分は特別な存在である、という万能感資料体験談
人の評価を気にする資料体験談
明るく饒舌で愛想がいい資料
謙虚なフリをする資料
ギョロ目で爬虫類を思わせる風貌資料体験談
自慢話や自分の話ばかりする資料体験談
他者に関心がなく人の話を聞かない資料
世話を焼きたがる資料
共感性の低さとデリカシーのなさ資料
人を思い通りにしたい支配性資料体験談
理想化とこきおろしの二極化で不安定な人間関係資料
一人で過ごせない資料体験談
取り巻きとの関係、無能なイエスマン資料
目上の人には媚び初対面の人には親切資料体験談
対等の関係を築けず友達がいない資料体験談
他者は利用するための道具資料
自己愛者の人間関係は損得関係のみ資料
仕事・職業、人の業績を横取り資料体験談
人の真似ばかりし個性がなく薄っぺらい資料体験談
恋愛は優位に立てて言いなりになる人を好む資料
何でも比較し、優劣・勝ち負けにこだわる資料体験談
嫉妬深く人の長所を認めず人の不幸を喜び人の足を引っ張る資料
身近な人を見下し傷つける(モラハラ)資料体験談
仲間外れを作りたがる資料
批判にも弱い・批判に激怒資料
人のせいにする・謝らない資料
うまくいっている自分しか好きじゃない資料
平気でうそをつく資料体験談
都合の悪い記憶を忘れ、改ざんする資料
感謝の気持ちや罪悪感を感じない資料
人を愛せない資料



恋愛etc 恋愛・夫婦間のモラハラ
自己愛性人格障害と恋愛
自己愛性人格障害と結婚料
自己愛性人格障害とセックス
デートDVとは チェックリスト
ストーカー気質 ストーカーになる人の特徴・心理
同性へのストーカー
自己愛性人格障害と同性愛の関係
ツンデレ
モラハラ男・自己愛性人格障害との別れ方



モラハラとは
特徴体験談関連資料
1.はじめは親切、恩を売りつつ弱みを探る体験談共依存関係
2.決め付け行為、否定的なレッテルを貼り悪評を流す体験談
3.孤立させる体験談
4.みんなもお前のことをおかしいと言ってたよ体験談
5.感謝を要求、恩を着せて上下関係を強調体験談
6.ダメなお前と付き合ってやれるのは俺様だけと洗脳体験談
7.奴隷扱い、雑用を押し付け手柄は横取りする体験談
8.嫌味やほのめかしで攻撃体験談
9.何を言っても全否定体験談
10.共感の拒否、楽しい話に嫌味、弱っていると寄ってくる体験談
11.趣味を否定体験談
12.突然の罵声(自己愛憤怒)体験談自己愛憤怒
13.あらさがしして長時間のお説教をする体験談ダブルバインド
14.無視や不機嫌な態度で顔色を伺わせる体験談
15.他の人と楽しく会話しているところを見せつける体験談
16.モラハラ言い訳・正当化パターン集体験談
17.ケンカが成立しない体験談
18.二次被害(セカンド・アビューズ)、第三の攻撃体験談
19.優しい日もある、飴と鞭でコントロール(ハネムーン期)体験談
20.仕事を妨害したり、悪意の誘導をする体験談
21.些細なミスも責める体験談
22.みんなの前で馬鹿にする、虚実入れ混ぜた悪評を流す体験談
23.弱みや悩みを聞きだしてばら撒く体験談
24.挑発して怒らせ、怒りっぽいと触れ回る体験談
25.対人操作、根回し・陰口で仲間はずれにする体験談
26.嫌がることをやらせる、言わせる体験談
27.監視・ストーカー行為体験談ストーカーの心理
28.第三者を利用してプライベートを探る体験談
29.ケータイや手帳など私物をチェック体験談
30.ターゲットのマネをする体験談


職場のモラル・ハラスメント(体験談)

モラハラの目的
なぜモラハラに気づかないのか
「モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない」



モラハラ対策


自己愛性人格障害は自覚できないので治療が困難
自己愛性人格障害の見分け方

1.モラハラ予防法、予防策
2.逃げるしかない
3.対応と接し方
4.おだてる
5.モラハラに勝つ、やり返す、復讐、反撃方法
6.実力で上回る
7.モラハラ解決策 周囲の協力を得て戦う


加害者かもしれない人へ
自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料

被害者かもしれない人へ
モラハラ被害者の自覚と回復を促す資料
モラハラ被害者の特徴
モラハラ被害者の症状(資料)
モラハラ被害者の症状(体験談)



関連用語・説明
自己愛の原因に関する用語
防衛機制とは
自己投影・投影同一視
理想化・脱価値化
躁的防衛
分裂
否認・解離性健忘
鏡映転移(賞賛の鏡)

自己愛憤怒
自他境界の曖昧性
外的コントロール
嫉妬と羨望の違い
反共感
自我と自己、アイデンティティとパーソナリティの違い
自尊心 基本的安心感 健全な自己愛
見捨てられ不安と基本的不信感
対象恒常性とは
変容性内在化とは

モラハラ・被害者側の関連用語
共依存関係
フレネミーとは
ダブルバインド・メッセージ(二重拘束)
ガスライティング

トラウマティック・ボンディング
学習性無力感
メランコリー親和型性格

無自覚型(無関心型)と過剰警戒型(過敏型)



コラム
佐村河内守氏と自己愛性人格障害
小保方さんは自己愛性人格障害か演技性パーソナリティ障害か
野々村竜太郎議員は人格障害か発達障害か
佐世保女子高生バラバラ事件とサイコパス
自己愛性人格障害と反社会性人格障害(サイコパス)の違い
サイコパステスト







2013/06/14 | Comment (4) | Trackback (0) | Edit |
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モラハラ被害者の自覚と回復を促す資料

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モラハラ被害者かもしれない人へ


パートナーからのモラハラ


パートナーの言動や態度が怖くて、自由にものが言えない。何から何まで、彼の言うとおりにするしかない。何かにつけて、心を傷つけられる。そんな状況が続くと、あなたは苦悩し、自分を失っていくでしょう。それは、「モラル・ハラスメント」といわれる暴力です。
加害者は、あなたを自分の思いどおりに支配することしか考えていません。そのままでは、生き生きとした自分を取り戻すことはできません。
「モラル・ハラスメント―こころのDVを乗り越える」


友人からのモラハラ


「外化(がいか)」とは自分の心の中の願望を、現実を通してみることです。こちらの願望で相手を見てしまうことです。

どうしようもなく寂しい人がいます。寂しいということを意識していないほど寂しい。そういう人は、友達がほしい。親しい人がほしい。そうすると友達の「ふり」をする人を親友と思ってしまいます。「友達がほしい」という願望に負けて、相手を友達と思ってしまう。これが外化です。

「親しい人がほしい」という自分の心の中の願望を、相手を通して見ています。自分の心の中の願望を見ているだけなのに、相手を親しい人と錯覚します。その人は相手を親友と思っていますが、実は相手からいじめられています。人間の心はおそろしい。いじめられているのに、いじめられているということが分からないことがあります。そしてトコトン搾取されます。あまりにも願望が強すぎて、現実を見られない人が多い。

だれでも、自分の周りにいる人はみんないい人であってほしいと思います。しかし現実の世の中には搾取タイプの人がたくさんいます。人をだまして生きていこうとしている人が山のようにいます。動物がエサを探して草原で生きているように、この世の中でも搾取タイプの人は弱い人を探して生きています。現実を見なければ、そうした搾取タイプの人の餌食になり、いつか現実の社会では生きていかれなくなります。

あなたががんばって生きてきたのに、今生きられなくなったら、自分の周りにいる人は本当はどういう人かを、もう一度真剣に考えて見ることです。あなたをいじめて、自分の心の傷をいやしている人を、あなたは親友と思ってはいませんか?
「イライラのしずめ方」


「モラル・ハラスメント」訳者まえがき


家庭でも学校でも職場でも、人間関係に悩んでいる人はたくさんいる。
どうしてあの人は自分のことを認めてくれないのだろう?どうして皮肉を言ったり、嫌味を言ったりして自分のことを傷つけるのだろう?あるいは、自分を見るたびに顔をそむけ、口をきいてくれないのだろう?あなたはそういった経験をしたことはないだろうか?

そんな時、あなたはもしかしたら、相手がそういう態度を示すのは自分がいけないからだと考えるかもしれない。そうなったら、あなたは相手にわかってもらおうと思って一生懸命説明したり、自分に対する怒りをとこうと思って相手に尽くしたりする。だが、それはまちがっている。あなたはもしかしたら、モラル・ハラスメントの加害者を相手にしているかもしれないからだ。

モラル・ハラスメントは肉体的な暴力や虐待と同じくらいひどいことで、はっきり言えば犯罪である。

モラル・ハラスメントの加害者は罪悪感を感じない。特徴をいくつかあげると、誇大妄想的でたとえ業績がなくても、自分には才能があり、仕事ができると思っている。また人からもそう認められたい。自分が特別であり、自分のためなら誰もが喜んで尽くしてくれるべきだと思っている。自分の目的のために他人を平気で利用する。他人に対する共感に欠け、誰かが苦しんでいるのを見ても同情を感じない。他人を羨望する。罪悪感を感じず、自分を省みることができない、起こったことの責任はすべて他人のせいにする、などがあげられる。

モラル・ハラスメントの加害者と関わってしまったら、その経験から得るところは何もない。被害者がまず最初にしなければならないことは、相手に寛容になりたいという自分の理想を捨て、自分が愛している(あるいは、かつて愛した)相手は性格的に障害を持った危険な人物だと認識して、何があっても自分の身を守らなければならないと考えをあらためる必要がある。被害者は加害者の支配から抜けださないかぎり、身を守ることはできない。また、加害者にどんな感情を抱いていたとしても、加害者が自分にとって危険で、悪意のある存在だと認める必要がある。(本文より)


自分の感情の変化でフレネミー度をチェック


・その子といると作り笑いをすることが多い
・その子と会ったあと、妙な疲れを感じる
・何か嫌なことを言われるのではと身構えてしまう


なぜ被害者だと自覚できないのか

「なぜモラハラから逃げられないのか、逃げられなかったのか。
私自身も不思議なのですが、裁判ではそこを付かれています。
モラハラから何故逃げられない心境になるのか知っていたら教えて下さい。」


●相手と傷つけあう辛い関係なのに、その関係を終わらせることに
 戸惑いがあったり理由もなく不安になる【共依存】
モラハラの被害者の悲しいところは「独りになってしまう寂しさ」にたえきれないため、現状の辛さ(暴言や暴力)にたえてしまうところです。
だいたいにしてその被害者は、心優しく、辛抱強い性格です。けれど、その優しさは弱さでもあるんです。その弱さがモラハラの加害者に依存してしまう被害者側の欠点です。
現状にたえつつ、その現状が辛すぎるため、楽しかった思い出や優しくされた思い出だけを自分の中でクローズアップさせて自分をごまかして生きようとします。現実逃避ですよね。
自分でも「情けない」気持ちが強すぎたり、「後ろめたい」ところがあるから、
素直に、相手に対する怒りの気持ちが湧いてこない。
結果的に、自分に攻撃性が向いて、「悲しくなったり、辛くなったり」するのかもしれませんね。

それから、「それでも、信じたい」気持ちが残ったり。
相手を否定することは、それまで、相手を信じてやってきた自分を否定することになってしまうから。
いままでのことを全部否定されたようで…
信じてきたぶん…行き場のない気持ちと葛藤しています…
自分が愛されていなかった、あれは支配だったのだ、ということを認めることは世界が崩壊するような感覚がありました。
私は自己愛親の元取り巻きの子だけど、真実に気づいたら大事な物事が崩壊する、
ものすごく自分にとってまずいことになるっていう恐怖感に常に駆り立てられてて、
「もしかして」とひっかかる事が沢山あっても
すべてから目を背けるしかないとっていう思考パターンにはまってたよ。
もしかしたらこれがいわゆる洗脳って奴かもしれない。


●暴言は相手が悪いが原因は自分にあると考える【過度の合理化】
モラハラの加害者から言葉・態度を通して何度も何度も繰り返し、『自分はダメな人間(価値のない人間)である・自分は相手がいなければ生きていけない弱い人間である・自分は相手に返しても返しきれない恩がある(相手のおかげで自分はなんとか生きていられた)・自分は社会では通用しない無能な存在である・経済的にも社会的にも一人前として扱われないダメな奴である・粗末な冷たい扱いを受けてもしょうがない価値のない人間である・自分を見捨てずに付き合ってくれている相手に感謝するしかない』といった自己否定につながるメッセージを刷り込まれた被害者の多くは、ぎりぎりの心身状態に追い込まれるまでモラハラの存在に気づくことができない。

モラルハラスメントはなぜ周囲に気づかれないのか?2:モラハラの加害者と被害者の心理
被害者は、自分の人間性を非難され「ダメ人間」のレッテルを貼られる。加害者はさらに巧みに「非難されるのはおまえに非があるせいだ」と思わせる。そのため、被害者はその言葉を素直に受け入れ、自己を否定してしまいやすい心理状態となる。

しかし、被害者が自己を責めつづけるかぎり問題は他人に気づかれにくく、加害者の支配からもなかなか抜け出すことが出来ない。しかも、加害者は「ダメなおまえを受け入れられるのは、私しかいない」と自分を唯一の理解者であるかのように思わせる傾向もある。そして、支配から逃れようとすると「おまえのために自分を犠牲にしてきた私から離れようとするなんて、最低な人間だ」などと、罪悪感を植えつけようとさえする。

被害者が素直な人であればあるほど、巧みな言葉に惑わされ、自ら犠牲的立場をとり続けてしまうこともあるのだ。つまり、加害者が自己満足を続けたいがために言葉で操っていることに、被害者自身気づかないということである。


●トラウマティックボンディング(外傷的きずな)
ストックホルム症候群とも言います。2人の間に力の差ができている、被害者が加害者をとても怖がっていると同時に好意も感じている、そして被害者が孤立していて、逃げられないと信じ込んでいるときに、被害者は加害者を怒らせないようにとか機嫌を悪くさせないためにと気を使い、少しずつ加害者の考え方や価値観を身につけようとします。ですから、被害者の方は彼のことで頭が一杯になってしまいます。そしてまるで捕虜のような状態になってしまっていて、非常に離れにくくなっていす。
簡単に言うと、被害者が加害者に対して
愛情に似た気持ちを持ってしまうということです。
あまりにも酷い目にあったり、恐怖が大きいと、
自分が生存し続けるために相手を「好き」と思い込むことで
加害者に対する態度や感情を調整しようとします。
それは精神的な自己防衛反応です。
好きなフリをしている時だけ安心が与えられたのでそれが今も欲しいのかもしれません。好きかどうか改めて聞かれると分かりません。
執着させられるとしたらこの気持ちも彼の操作が持続してるということなのですね。


●加害者から与えられた学習性無力感による無反応【学習性無力感】
長期間にわたって、強制的あるいは不可避的なストレスと抑圧の下に置かれると、その状況から「何をしてもムダだ」という無力感を学習し、回避しようと努力する意欲さえ失って、あきらめに支配されてしまう。
部下やメンバーの無気力を嘆く前に、自分自身が、文句ばかりつけ、いい部分より悪い部分をあげつらうことで「努力してもムダ」と学習させている張本人ではないか、内省してみる必要があります。
長期に渡り、自分の尊厳や価値がふみにじられる(総じて言えば人格否定される)場面に置かれた場合、次のような徴候が現れるという。

1.被験者は、その圧倒的に不愉快なストレスが加えられる状況から、自ら積極的に抜け出そうとする努力をしなくなる。
2.実際のところ、すこしばかりの努力をすれば、その状況から抜け出すのに成功する可能性があったとしても、努力すれば成功するかもしれないという事すら考えられなくなる。言い換えると、長年受けた仕打ちによる反動で、どんな可能性さえも「無駄な努力」と断じ、自発的行動を全くしなくなる。
3.ストレッサーに対して何も出来ない、何も功を奏しない、逃れられないという状況の中で、情緒的に混乱をきたす。

長期の家庭内虐待の被害者、学校での人格否定やいじめなど、行動の心理的根拠を説明する理論として、注目されている。


被害者からのメッセージ

「わたしたちの存在の一部はまわりにいる人たちの心の中にある。だから自分が他人から物とみなされる経験をしたものは、自分の人間性が破壊されるのだ」

自己愛に係わった時に感じる、自分が壊された感覚がよく説明されてると思った。
自己愛の中では、私はそこらの石ころや利用するためだけの道具として存在を許されてる。
それを自己愛は私に説明してくる。「おまえはモノで石ころなんだ」と。
だから自己愛と係わるたび、自尊心を傷つけられ、深いダメージを負わされる。
自己愛とは、目を合わせるだけで害になる存在。逃げるしかない。
自己愛の被害にあって、こことか、同じような被害者のブログを
読んだりしてきたけど、ほとんどの人が異口同音に、
「関わり合いにならないしかない」と言ってる。

どうして自分は話が通じると思ったんだろうなあ。
誠意がいつかわかってもらえると思ったんだろうなあ。
数年かかって残ったものは、ボロボロにされた自分と、
「世の中には良心がない人もいる」という現実だけだったよ。

だから、今被害にあいそうな人には「全力で逃げて!」と言いたい。
俺の人生は自己愛の被害にあったというだけで終わりそうだ。
貴方を傷つける時の「彼ら」の嬉しそうな顔を思い出して欲しい。
普段なら貴方が気にも留めないあなた自身の事を、
いつのまにか「不幸」と決め付けた「彼ら」のキラキラした目を思い出して欲しい。
私が思うに、自己愛の原因は、親の「過保護」が原因ではないでしょうか。
また、「コンプレックスの塊」の様にも見えました。まさに「天上天下唯我独尊」状態でした。そして、ターゲットにするのは、大人しく、真面目で、謙虚な人が多いのではないでしょうか。

ただ、はっきり言えることは、彼らとは関わってはいけないという事です。
できることなら、転職を強くお勧めします。
彼らの話を聞いていると、あまりにも自信たっぷりに罵倒してくるので、こちらが思考停止状態になる時があります。
「もしかしたら自分が一方的に悪いのかな?」と思ってしまう事があります。

でも、冷静に考えればそれは間違いであることに気づきます。
そうして「周回遅れの怒り」が蓄積され、被害者の精神を蝕んでいくのです。
「思い出し怒り」ほど馬鹿らしく、自分の心を蝕む行為はありません。
一刻もはやく避難することをお勧めします。

「あなたは悪くありません」

それにしても「お前ら俺のこと全然尊敬してないやろ?!」と怒鳴られたときはさすがにあきれ果てました。
時々現れる目や耳を疑うような言動に、え?このイヤな感じは何?と じくじくと胸が疼いたとしたら、その感じを決して自分の中でごまかさないで欲しいんです。
そういうことがあっても ちゃんと相手と話し合って解決できる間柄なのならばいいです。
でも、それを相手に問いただすことすら怖くて躊躇われるとしたら…
それはもうモラハラ地獄の入口にいるってこと
こっそり第三者に相談した方が良い。
自己愛は必ず、二人だけの関係に持ち込むようにコントロールして
被害者に罪悪感や恐怖心を植え付け逃げないように上下関係に持ち込むのが得意だから。
ひどく虐げられると自主的に助けを呼べなくなってしまうよ。
自己愛性人格障害の人は人を大好きか大嫌いでしか分けられないので、
質問者さんの扱いも極端から極端に変動する事でしょう。
一生ジェットコースターに乗ってるみたいなものです。
スリルがあってわくわくするのは始めの一年か二年ってものでしょう。
誰か人と一緒に幸せを五分五分で分け合って楽しむって事がないので一生奴隷と一緒です。
彼に仕える召使とか使用人扱いです。
それが自己愛のやり方であり、一生変わりません。
自己愛は記憶の改竄、捏造は当たり前、
それらを全て事実として認識して1%も揺るがない
だから反省も後悔も何一つないよ

早く目を覚ます方がいい
見切りをつけるのは寂しくて悲しくて難しいと思うが、
冷静に考えてがんばれ
どうか、貴方の心を大切にして欲しい。
貴方がやりたくないこと、不快に思うこと、自分を醜くしたり、誰に聞いても貴方の才能を駄目にすることを勧める声を無視して欲しい。
彼らの言い訳を、貴方が考えて、意味付けをしてあなた自身を自分で潰さないで欲しい。
被害者の人は自己愛抜きにすれば大概キラッと光るもの持ってる。
自信を持って自己愛を全否定してまだ被害にあってるなら早く抜け出して欲しい。


自己愛性人格障害者と仲良くして、一番無駄だったのはなんですか?


時間です。その人と関わった時間。
人生において全く必要のない時間を過ごしました。
性格を汚染されました
本当に後悔してます。
利用されるだけ利用されて、捨てられたことww
自己愛性人格障害者と仲良くして、一番無駄だったのは、なんですか?

回復のための資料

被害者はどうやって回復すればいいか


被害に遭った人がどうやって回復すればいいか。

気がすむまで恨んで恨んで、嘆いて嘆いて、悲しみつくすこと。
恨みたいだけ恨んでいい。嘆きたいだけ嘆いていい。
死ぬほど怒って、涙が枯れるまで泣いていいんです。

そして大事なのは、そのどす黒い感情を自分の心にしまっておかないで、
安心できる場所でどんどん吐き出すこと。
こういった(小町)ところや、愚痴を聞いてくれる友人知人、
あるいは日記やブログ。

時間をかけてどす黒いものを吐き出しつくしたら、
また新たなものが見えてくると思います。
吐き出しつくしたと思えるまでは自分の気持ちを理性で抑えようとしないこと。
これが大事だと思うのです。

ちなみに私は被害から5年たってやっと
(最初の2年は誰にも打ち明けられませんでした)
自分の気持ちが少し落ち着き、新たな加害者像が見えてきました。
被害者は被害を受けた事だけでも十分に苦しんだと思います。
この先は、自己愛に対する憎悪を持つ事に対して自分を責めないで行くべきだと思います。実際に自己愛は「憎んでも憎みきれない相手」なのですから。自分に数々の攻撃を加え翻弄した自己愛に対してまでいい人である必要性なんてどこにもありません。「憎み続けてけっこう!」だし、それに対する批判は「所詮他人事だから」でいいのだと思います。ただ、自己愛によって失われたであろう自分自身のプライドを取り戻す事が何よりも優先されるべきだと思っています。

私は自己愛に対してきっと一生許せないと思っています。また、許すべきではないと思っています。自分への戒めとして。憎んでいる間は自分も苦しいのです。でも、その苦しみ以上に「これ以上自己愛に関わりたくない」気持ちの方が大きいのですから仕方がないと思っています。今も自己愛は、自分が私にした事を「私が自己愛に対してした」と言う事にして、いろいろな掲示板で言っています。自己愛は被害者に自分を投影すると言いますが。まさにそれだと思っています。



自己愛・モラハラ加害者に復讐したいという気持ち


※復讐したいというコメントをいただくことが増えたので追記しました。
でも被害者もダメだな。さっさと見捨てればいいのにそれができない性格なんだよな。見捨てることは自分のためにも自己愛のためにもいいことなのに。自己愛って見捨てられて孤独を感じないと自分を省みる機会がないからな。タゲと一緒にいたってそいつに依存するだけで反省もへったくれもない。

でも最後に言わせてくれ。被害者が自己愛に変わって欲しいと思ってるのは勿論そうだけど憎悪を抱かないわけがないんだよ。憎悪を抱いてるがそれを我慢したり憎悪をしてる自分を嫌悪したりして欝になるっていうのが被害者の典型的なパターンだよ。

特に憎悪を抱くのは自己愛と離れた時が多いらしい。
そりゃいくら優しい人でも本心では自己愛をやっぱり許せないんだよ。
仕返ししたいなんて思うのはあなたも自己愛だとか
そういう負けず嫌いな性格だからタゲられるんだよとか言われた
でもさ、実際自己愛に散々な目に合わされたら
憎むなって無理だと思うんだよね
聖人や人徳者じゃないからそこまで心広くなれないよ
復讐にはならないけど、周囲の人間にこの「自己愛性人格障害」というものを教えるべき。復讐はしたい気持ちは自分にもあるけど、自己愛って復讐の復讐をすると思うよ(笑)
>自己愛って復讐の復讐をすると思うよ(笑)
彼らがタゲを選ぶ基準は、怒っても怖くなさそうな人(すぐ許してくれそう、怒らせてもしっぺ返しが無い)なのだから、明確にしっぺ返しを食らわせると、こちらが拍子抜けするような対応しかしてこない。実際は報復能力などないのに、復讐が怖いと思わせるのも、彼らの手のように思える。
自己愛性にこれでもかって程復讐して自分の気が済むならいいよ。幾らでもやればいい。ただ、自分の場合は暫くして「まるで空気や水を殴っている」ような意味の無さを感じて完璧に時間と労力を無駄にしたと後悔してるよ。
だって、何を言ってもやっても自分の都合の良いようにねじ曲げるか、同情されるためのネタにするか脳内で無かったことにしてくれるんだよ。悔しいのはわかるけど関わっても疲れ果てるだけ。
それよりも、食い尽くし、足蹴にし、奴隷扱いしていた相手がいつの間にか自己愛にとって越えられない壁を感じさせる立場になっていたり、ものすごく幸せになっているほうがよっぽど自己愛を悔しがらせる結果になるよ。

辛いだろうけど、半年ぐらい何か夢中になれて打ち込める物・趣味で頭をいっぱいにしておけばなんとか楽にはなるし、自分にプラスになって良いかと。
例えば毒蛇に噛まれて酷い目にあって仕返しするか?
しないよな
次からは逃げるか、近寄らないかってとこだろ
対自己愛はそういうものだと思うべし
人格上の問題は、うつることもあるのです。一方的に攻撃を受けて心身にダメージを受けるのみならず、反撃に転じた時にあなたの奥に封印してあったもの(それは彼女と同じものです)が表に出てくるのです。戦って運よく彼女を追い出しに成功しても、今度はあなたが問題の人になる番です。

興味を持たないこと、忘れることを第一に行動してください。さもないと、明日は我が身です。



2013/06/14 | Comment (14) | Trackback (0) | Edit |
※ 一部工事中。辿りつけないページがあったらゲストブックからご質問ください。

191自己愛性人格障害の自己治療と自覚を促す資料

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チェックシートに当てはまるので治したいという人が増えてきたので自己治療のページを作りました。

自己愛性パーソナリティ障害 本人心得


(※2ちゃんねるの自己愛性~本人スレより)
初対面の人にえらそうにしたり馴れ馴れしく褒めまくらない。
使えないと思う人にも、せめて常識的に接する。
人に嫌みや当てこすりな言葉を言わない。
学歴容姿年収何でもかんでも嫉妬しない。
彼女や親友が言いなりにならないと言って怒らない。
気にいらないことがあっても、怒鳴ったり無視しない。
人の悪口や噂話をばらまかない。
虚言ばかりで覚えにくいのは分かるが、せめて自分が言ったことくらい1日くらいは覚えていろ。
「してあげたのに」「~はほんと使えない」「君は誤解してる」「そういう意味で言ったんじゃない」という言葉を封印して生活が送れるか試してみる。
大きな音を出して相手を威嚇しない。

自己愛禁止事項


・意地悪しない
・悪口、陰口、告げ口言わない
・自惚れない
・見下さない、駄目出ししない、こき下ろさない
・他人の不幸を喜ばない
・頑張り過ぎない
・他人と比べない
・物事を勝ち負けや優劣に絡めない
・嫉妬しない、僻まない
・他人の欠点を探さない
・相手や状況によって態度を変えすぎない
・対人操作、情報操作しない
・人のせい、世の中のせいにしない
・妄想し過ぎない
・優越感を求めない
・仲間外れを作ろうとしない

自己愛行動心得


・他人の長所を意識して見る
・他人の成功や長所で一緒に喜べるようにする
・「仕方がない」、「ま、いっか」、「人それぞれか」を前向きに口癖にする
・自分の欠点を認めて笑えるようになる(逆に他人の欠点は笑わない)
・『本心から』他人を褒めれるようになる
・目に見える利益のない人間とも付き合ってみる(自己愛にとってそれ自体が利益です)
・1人の時間も楽しめるようにする
・人に何かしてもらったら感謝する、その感謝の気持ちをいつまでも持つ
・皆で平等に楽しくを目指す


認知療法(アーロンTベック)


・平凡であれ。平凡なことは大きな喜びとなりうる。
・人と同じように、人間的に生きることは可能だ。しかも独自性を残したままで。
・チームプレイをすると報われる。
・いつももっとよくならねばではなく、人と同じでよい。そこに喜びがある。

・一時の賞賛より、他人から長く尊敬されることをめざそう。
・自分だけでなく他の人も大切な要望や意見を持っている。

・誰もが何か秀でたものを持っている。
・自分の気分に責任を持つようにしよう。人の評価によって気分を左右
されるなら評価に頼っていることになり、抑制不能になってしまう。
「人格障害の認知療法」アーロンTベック 岩崎学術出版社


自己愛性パーソナリティ障害の回復


まずは、本人が自分の問題に気づく必要があります。そこがスタートラインなのですが、自己愛性パーソナリティ障害の方は自分の問題点を認めることができません。もし問題点に気づくことができたら、まずは自分しか見えていなかったということに気づくと思います。相手の立場や気持ちに配慮がないため、人間関係がギクシャクしやすいのです。なので、自分の思いや都合だけでなく相手の立場に立って考えることを練習してください。相手の立場に立つことで、自分のことが見えてくるようになると思います。

自他の境界線を引く


自分が治ろうという意志があるなら自己愛は治ると思う。
とりあえず、人(大人)は基本的にその人の動きたいように動いていいし
やりたいようにやっていいということを理解するといいと思う。
どうしても自分の思い通りに人に動いて欲しい時は、
相手に頭を下げてお願いすることが出来るが、
相手はそれを「ごめんなさい」と断ることが出来る、ということを知ろう。


親への憎しみをターゲットに向けていることを自覚する

自己愛性さんが、他人を道具としか認識できない事を認識して、
他人にぶつける怒りは、本当は自分の親や自分自身への劣等感に対しての物で
本来はぶつけるべきでは無いものと自覚して、
他人の人格などの否定に走らず精神的な距離を保ってくれれば良いんだけどな…。
自己愛性さんの生い立ちや過去には同情する部分もあるが
(聞かされたものが虚言でなければですが)
受け皿やターゲットが色んな事を言われたり、プライバシーを探られたり、
あることないこと噂を流されたり、ストーカーよろしく追いかけ回されたり、、、
人格は人それぞれだからいろいろな反応があるでしょうが、
言い返したり噛みつくのも、その人に人格があるからだよ。


嫉妬して嫌がらせしたり
まわりを巻き込んでターゲットを中傷しない。
原因は“自分の劣等感”で、ターゲットは被害者なんだからさ。


そもそもおまえらがこんな苦しい思いをさせられているのは
自己愛親にずっとタゲられて育ったせいじゃないか。
あの自己愛の代表であるヒトラーさえも幼児虐待を自分におこなった父親に
復讐をしていない。どうして諸悪の根源である自分の親に復讐しないで
自分の大事な奴を傷付けているんだ。
自分の親の思う壺で悔しくないのか。

子供の本性はわがままなのである。それなのにあなたは一切のわがままを自分に禁じた。それを禁じなければあなたは拒否されたからである。ところが不思議なことに、あなたは今、あなたをもて遊んだ人を憎んではいない。逆にあなたを理解し、あなたに温かさを与えてくれるような人を憎んでいたりする。

心の病んだ人というのは、憎むべき人を憎まず、逆にその人々に罪悪感などを抱いたりする。本来憎んでいい人達の、ほんのわずかの親切を裏切ることに罪悪感を持つくせに、自分に思いやりのある人の真心は、どんなに裏切っても罪悪感を持たない。所有欲のつよい我執の人に心理的に依存してしまっている人は悲劇である。

憎むべき人を憎んでいない人は、大切にすべき人に冷たくしているに違いない。
幼児的な甘えの欲求をつよく残している人にとっては、近くなりすぎた関係は傷つけあう関係になる。外の人に対して、つまり遠い人に対しては、相手の意にかなうことで気に入られようとしていたのが、近くの人になると自分を「こう」扱えという要求に変化してくる。自分を「こう」扱えということが甘えの欲求なのである。

いずれにしろ、身近な人に対して愛憎いりまじった両極的な不快感を持つ人は、自分の心のなかの甘えの欲求を意識化することである。

相手との関係において自分の価値に自信がなければ甘えの欲求を表現することはできない。相手が自分に対して好意を持っているという自信があってはじめてその人に甘えられるのである。自分は相手にとってかけがいのない存在であるという自信があってはじめて、相手に対して甘えの欲求を表現できる。


強い意志でパートナーに対する意識を変える


もしもあるとしたら、強く真人間になりたいと願い、
自身で「変わる」と決意する事が必要。
そういう意味で、俺はタゲに対して存在する自分の心の中のタゲ意識を
はずす事ができたけど、外的な圧力で変える事は不可能だと思う。
離れていった場合には自然に一人の独立した人間として扱う様にはなるけど、
それはあくまで価値無き「他人」だ。
そういう意味では関わり続けざるを得ない状況下で、
自己愛者の意識変化を惹起するのは無理ではないかと思う


まず、自分に向きあう事をさける事(自分に嘘をつき本心を知ろうとしない)を止める事からでした。
後は、どうしてその行動をしようと思ったのか、感情の根底にはどんな願いがあったのか、わかるまで繰返し考えました。
感情そのものではなく、傷つけたいと感じた時、なぜ傷つけたいのか、大元には切実な願いがあったはずです。自己嫌悪で見えなくても本心に耳をすませば、か弱い声が聞こえてきます。それを受けとめ自分をいじめるのをやめ、大事に育てるのです。
私は幸福を願ってて、今までの行動はその目標と相反してると感じてから、最初の変化が始まりました。
暴力が減り、希望が見えてきました。
http://okwave.jp/qa/q3475625.html


加害者がモラハラをやめることがあるとしたら、それは本人の強い自覚とすさまじいほどの努力によってしかありえません。自分のしていることが「相手を傷つけ続けてきた」と理解し、身にしみついている考え方、行動様式、認知といったものすべてを見直していかねばなりません。

加害者は自分のかかえる問題から目をそらし、そばにいる誰かの荒さがしに時間と心をついやしてきました。他者否定の構えです。加害者は他人の欠点をけなすのではなく、自分自身の欠点に向きあう苦痛を体験しなければなりません。これまで逃げて逃げて逃げ回ることで回避してきた苦痛です。加害者は己の内面と向き合い、反省し、葛藤する必要があります。

モラハラという暴力をふるう生き方をなおさないまま生きてきた加害者を変えることは誰にもできません。加害者を変えることができるのは、加害者本人の強い意志だけです。

私の親離れのエクササイズは他人に対して自分が権威となって責めないということであった。他人に対して責める口調になって命令している時、ふっと気がついた。他人が自分のためにならない時、責めながら自分が自分でないような不確かさを感じるのである。さらに気がついたのはそのような時私の心を占めているのは私自身ではなく支配的な私の父親なのである。

他人に対して不満になり支配的になった時、私は私でなく、私が恐れた父親になっていたのである。私の心のなかは私が内面化した支配的な父親に占領されてしまっていて、その他のものは心の中から追い出されていた。それに気づいた時私は私自身を育て上げなければいけないと感じた。

それ以降自分が他人に対して支配的になり、他人を責めそうになると必死になってそれを止め、自分に戻ることに努力した。


親との関係を考えなおす


たぶん問題の全てが「感情の抑圧」にある
「一番最初に感情を麻痺させた瞬間」
モラハラの被害者と加害者のどちらにもそれはあるはずだと思う
そこに戻ってその瞬間を思い出す事が必要になる

たぶんそれはものすごく小さい子供の頃の事でそれを思い出すのも相当大変
実際問題として(愛情はあったとしても)虐待にあっていて
それが他者に向かう事によって自己愛的な人間になったのは正真正銘の事実
被害者になる人間は加害者にとっての鏡になってしまう性質を持ってる
加害者は自分を憎悪してるから自分の本当の姿を映す鏡は絶対に壊すしかない
本当の姿を見てしまったら自分の精神が崩壊するという恐怖心があるから


以前、洞察を経験しました。
自分の心にひっかかっているものの1つについて
自分が知っていて気がつかなかった子供の頃の
母親に対する心配と父親に対する怒り
そして父親が怖くて対峙できずに心にしまっていたこと。
我慢している母親自身への不安な気持ちと我慢していることへの怒りです。
涙が止まることなく泣き続けた初めての経験でした。


自分が無価値感を感じるに至った経緯について考えること。
無価値感は両親との関係で生じているので、
幼少期のアルバムなどをみると分かることが案外あったりします。
本当はどういう自分になりたかったのか、
親の影響を受けていない本来の自分の要素はどこなのか考えること。
無価値感の深層には親への恐怖がある。その恐怖を直視しつづけること。

深刻な劣等感を持った人にとって、実際の感情に接するのに傷害になるのは罪悪感である。親を憎むというのには普通罪悪感が伴う。そこでこの心の底の敵意に接触することを回避してしまう。もて遊ばれ、傷つけられているのに良い人と思おうとするのは、憎むことには罪悪感が伴うからである。

親子だから、同胞だからというのは、精神的肉体的にあなたを搾取することを正当化するための理論以外の何者でもなかったのである。もしいまあなたが信じているように、あなたが育つ過程であなたの近くにいた人が心の温かい人だったら、なぜあなたにとって夜がやすらぎではなく恐怖なのだ。なぜ多くの人々が昼は活動的に働き、夜はぐっすりと眠っているのに、あなたは昼は何かに追われているように焦り、夜は暗さに脅えているのか。

私自身は昼は焦り、夜は怯えて生きてきた神経症者のほうであった。そしてその神経症から這い出す時、障害になったもののひとつは心の健康な人達の道徳観であった。

親を憎むなどということは、心の健康な人にとっては許すべからざることである。しかし心の健康な人達は、心の病んだ人たちが親からどのような侮辱、どのような傷を受けたかということは想像できない。残念ながらそのなかでひとつの道徳や規範で人間を縛るから心の病んだ人はいつまでも立ち直れないのである。

偽りの罪悪感に負けてはならない。罪とか良心の問題ではない。事実としてあなたは心の底に近い人に対して敵意を持っているなら、それを意識することがよいと言っているだけである。

ついでに卑怯な人間は近い人から搾取するということも覚えておくことである。卑怯な人間は道徳や規範を持ちだして弱い人間を心身ともに搾取する。つまり反抗を封じるのに道徳ほど都合の良いものはない。相手に罪の意識を強調して自分の側に利己主義を通す。要するにあなたは扱いやすい人間としてみくびられているだけなのである。


自己治療のヒント

本質的な意味で相手を好きになる


相手に愛情を注ぐ他者愛よりも、自分を認めて欲しいという自己愛が上回る「アイデンティティのための身勝手な人間関係」を卒業する。

・その1:無条件性…相手に条件を求めず、ありのままを好きになる
・その2:相互性…自分のことだけを考えるのではなく、相手のこと、ふたりのことを考える
・その3:防衛の消失…ありのままの自分を、相手に出すようにする
・その4:人生のパートナーシップ…精神的に支え合う存在になるよう意識する
・その5:時間的展望…今だけではなく、将来のふたりのことに思いを馳せる
・その6:身体症状の消失…「ドキドキするから好き」という時期を越えて、「安心感や信頼感を持てるから好き」へ移行することを喜ぶ


克服のポイント


・自己愛性パーソナリティの人が最も苦手なことは謙虚に他人の言葉や教えを聞くことなので、それが出来るように心がける
・現実処理能力に乏しいので、その弱点を補完しあえるパートナーを得る
・集団で協力するのが苦手なので、チームプレーが必要とされる活動に関わって克服する。
・自己愛を他者への愛に昇華させる。

「自己愛性障害を抱えた者は、しばしば、それまでの価値やしがらみを捨て、新しい自分を再確立する試みに向かおうとする。いったんすべてを投げ打って、一から作り直す過程を経ることで、自己愛者は、自己への囚われを超えた、別物に変わりうるのである。あるいは、その道中で、補完し合うパートナーにめぐり合うこともあるだろう。遍歴過程と再構築は、ある意味、親から与えられた既製服の自分を脱ぎ捨て、自分が主体的に選び取った装いに、身をまとい直す過程ともいえるだろう。このいったん裸になって、もう一度自分の意志で身につけるという段階が、自己愛性障害を持った者が生き直す上で、重要なように思える。」
岡田尊司先生の「克服のポイント」


「関心を持つ」=「尊重する」


僕の場合は特にかもしれないけど、今から思えば他人に関心を持つことが
苦手だった。常に自分にのみ関心が向いていて、自分にとってこの人は
どんな意味があるかという視点でしか他人を見れなかった。
でも、「関心を持つ」=「尊重する」と考えると他人にうまく関心がもてる
ようになった。僕の小さい頃から人とうまくやっていけない真の原因は
人に関心をもてないことだったから、このことはとても大きかった。
小さい頃からの真の悩みがやっと解決されたと思った。


感情を出したほうが救われる


ある「明るい人」が自殺しました。周囲の人は「あの明るい人が!」と驚きました。その自殺した人は、好かれるために明るい性格を無理に演じていました。しかし実は心の底では孤独で自分の無力を感じていました。その人は自分が無力な人間であるという感じ方を避けるために無理に仕事熱心でした。明るい性格は「不安の防衛的性格(躁的防衛)」でした。

その人は自信のなさを隠すために社交的に明るくふるまっていただけです。妙にはしゃいだり、不自然に明るかったり、わざとらしい親しさをふりまく人がいます。内面の自信のなさを、「はしゃぎ」で隠しているのです。そういう人は「何でも話せる親しい友達」がいません。皆に好かれたい気持ちが強いから、極端なまでに周囲の人の期待に応えようとします。でもどこかその明朗さは不自然なのです。しかし、活動的で実行力があるから、社会的には偉くなりました。

もしこの人が「実は俺は淋しくて自信がないんだ、だからついつい大きなこと言ったり、わざと明るくふるまったりしてしまうんだ」と自分に正直になれていたら、親しい人ができたでしょう。本当の自分の感情を表現できていればこの人は楽しく生きられたかもしれません。この人が好かれたいと思って明るい性格を無理に演じても、本当にその人を好きになる人はいません。好かれたいと思っていつもニコニコしている人もいます。しかし「何か、あの人とは心が通じない」と誠実な人は思うだけです。

その人たちは自分の感情を隠すことで、自分を守ろうとしていました。しかし、真に自分を守るためには自分の感情を出すことだったのです。「感情を出したほうが好かれる」ばかりではなく、「感情を出したほうが救われる」。


立派な自分像を手放す


(辛いことを辛いと感じていい環境で育つことができた人は幸せである。)
小さい頃その人の保護なしには生きていけないという重要な人は、生殺与奪の権をにぎっている。実際に生殺与奪の権をにぎっているかどうかは別にして、子供は心のそこでそう感じている。しかも殺されるほど怖いのに、その恐怖感を感じることも当然禁止されている。殺されるほど恐いのに、その人をやさしいと感じていなければならない。ここまで実際に感じていることと、感じていると意識していることが逆であれば、内面が破綻してしまうのは当たり前である。人間は自分にとって重要な人の前で素晴らしく期待される人物を演じるためにここまで実際の自分を犠牲にするものなのである。しかも肉体的経済的にその人の保護なしに生きていけるようになったあとでも、そのように「愛される自分」を演じ続ける。それは心理的にその人の支持なくしては生きていけないからである。

恐怖を感じられないばかりではなく、淋しさも感じられない。淋しいと感じることは親の期待に背くことになる。そこで淋しいと感じることを自らに禁じ、親の期待する通りに感じる。こんなあたたかい親はいない、こんな優しい人はいないと感じるのである。自分は淋しい「筈がない」のである。なぜならこんな「やさしい人達」に囲まれているのだから。

どんなに淋しくても、淋しいと感じることが許されればそれなりに打つ手はあるだろう。しかし淋しいと感じることが許されていない人には救いがない。救いのない人生を生きてきたひとは、最後には人生に関心を失う。そのまえに、回復することがないほどの「うつ」になってしまう前に自分を理解することである。あなたに処罰を与えた人は誰か。あなたが心のそこで恐れている人は、あなたに処罰を与えた人なのである。その処罰の体験で、あなたは「恐さ」を知った。二度とこんな処罰を経験したくないと思った。そしてそれ以降、その処罰を避けるために自分を操作し続けてきた。

支配的で所有権のつよい親は、子供にそのように回復不能とも思える傷を与えることがよくある。我執のつよい親にとって充分良い子などこの世の中に一人もいない。それなのにあなたは十分良い子になろうとした。我執のつよい親はいつだって子供に失望し、不愉快になる。それなのにあなたは親に失望されて、その夜ベッドの中で自分は世界で最も悪い子だと考えた。親を肯定して自然な自分を否定した。その時あなたは親に向ける怒りを自分に向けた。そして親の前で「立派な子」を演じ続けてきた。その時否定すべきだったのは親の支配性だったのである。

今からでも遅くはない。自分はそんなに「立派な人」ではないのだと認めることから出発するしか無い。自分は立派な人間だという自己像にしがみつくのは、あなたが自然な感情で生きていないからである。あなたは「立派な人間」という自己像を大切に生きてきた。もしかすると命より大切にして生きてきた。そしてその大切な自分のイメージを捨てることは死ぬほど難しいことかもしれない。しかし今あなたは生き返ろうとしているのである。大切にしていたと言うと言葉は良いが、しがみついていた、と言ったほうが適切なのである。それにしがみついて死の方に流されてきてしまったのである。

立派なことを否定しているわけではない。言いたいのはあなたがしがみついている「立派な自分」「良い自分」というのはホンモノではないということである。



だまされた人の悲しみ


あなたが誰かをだましたりすると、その人は悲しむ。
だまされたことで何か損を受けたから、
その人は悲しんでいるのではない。

その人がもうあなたを信じ続けられないということが、
その人を深く悲しませているのだ。

今までのようにあなたをずっと信じていたかったからこそ、
悲しみはより深くなるのだ。
「超訳 ニーチェの言葉」


ヤマアラシのジレンマ


『ドイツの哲学者・ショーペンハウアーの寓話より』

寒空の下、一匹のヤマアラシがいました。ヤマアラシはひとりでさみしく思っていました。そこへ、同じように寒がっているヤマアラシに出会いました。寄り添って温め合えば、さみしくないし、お互いが温かくなると思った二匹は、すり寄りました。

しかし、ヤマアラシたちはある程度近寄ると、自分の身を守るためのとげがお互いの身体を刺し合いました。二匹はどうにかして近寄って温め合おうとしましたが、背中の自分の身を守るためのとげが近寄らせてくれません。どうやっても近寄ることのできないヤマアラシ。二匹はお互いのとげが刺さらない距離を保ちながら、一緒に泣きました。

ヤマアラシたちは泣き合っているうちに、気がつきました。近寄りすぎるとお互いの身を守るためのとげで相手を傷つけてしまうけど、傷つけあわないぎりぎりの距離を保てば、お互いがさみしくなく、それなりのぬくもりを得られるということに。


心理学の大家フロイトは、この寓話を元に、‘ヤマアラシのジレンマ’という人間の姿を表しました。それは、「自己の自立」と「相手との一体感」という二つの欲求によるジレンマに悩む人間の姿です。

相手の針の長さをよく考えて近づきつつ、遠ざかりつつ、時には傷ついたり寒くなったりを繰り返して、適度な距離感が掴める様になることがコミュニケーションのコツであり、かつ最も難しいところです。そのためにも、相手の針の長さだけではなく、自分の針の長さを知らなければなりません。


ところで、動物には、自分のテリトリーを誇示する意識があることはよく知られていますが、動物心理学者のヘディガーは、このような動物の行動を研究して「距離の法則」を発見しました。彼の研究によれば人間関係の距離がベッタリの関係になる時に問題が生じるようになるということです。

ですから、相手との関係の距離が近すぎた時に、人間関係に問題が生じるので、もしそうなったら、一度距離を開く必要があります。そして再度少しずつ近付いて行きながら、適切な距離を判断するようにすればいいのです。

問題が生じたら、もうその人とは付き合わないというのは子供の言うことで、そういう態度では幸せな人生など送れません。そうではなく、何事にも取り組みという態度で臨みながら、適切な距離を人との関係に見出すことが出来れば、平和な人間関係を持つことができます。

聖書に、「愛はすべてを完全に結ぶ帯である」という言葉があります。帯には長さがあり、長過ぎても良くないし、短くても良くありません。適切な長さが必要です。つまり、愛とは距離であり、しかも適切な距離のことです。
ぜひ寛容な心で人を受け入れ、赦し合う心を持ち、適切な距離をもって平和な人間関係を築いていきましょう。

今日の一言: 愛とは適切な距離のこと
http://lvjcc0822.blog60.fc2.com/blog-entry-378.html


家族や周囲のサポート

いつも変らぬ距離と態度でいてくれる存在


一番良くないのはこの人たちの要求に応じすぎて振り回されてしまうこと

100パーセントに近い行動を、良かれと思ってすればするほど
そうできなかった時の彼、彼女たちの怒りや絶望感が
大きくなってしまい、
お互いが深く傷つき、とても苦しむ結果になってしまうことがあるのです。

自我の弱いこの人たちにとって
自分が要求したことを100パーセント叶えてくれなくても
この人は自分から立ち去っていかない・・・という感覚を自分の中に
育てていくことがとても大切になっていきます。

この人たちの孤独感を同じ人間として理解しようと思いながら
ただいつも変らぬ距離と態度でいてくれる存在が
いつの日にか心の支えとなり、その人の自我を成長させてくれる
きっかけになっていくのではないか。。

そんなことを思っています。
http://hellomine.blog50.fc2.com/blog-entry-9.html


回復のために周りの人ができること


自己愛性パーソナリティ障害の人に対しては、尊大な自己イメージと非力な自己イメージとのギャップを本人に気づかせて、克服させることが大切です。しかし、それを急ぎすぎないことも重要です。最初のうちは、できるだけ「非力な自己」に直面させないようにして、自尊心を維持できるような接し方をしていく必要があります。

良いところは評価して、悪いところは指摘するようにします。ただ、指摘する際に「駄目だ」とか「しっかりしろ」のような人格を否定したり、けなしたりする言い方は避け、「こういうところを変えてみたら良くなるよ」というような提案するような感じで指摘するようにすると本人もプライドを傷つけられずに受け入れやすいです。

自己愛性パーソナリティ障害の人は精神的に安定していません。なので、怒ったり落ち込んだりが激しいですが、一緒に振り回されないようにしてください。言いなりになったり、媚びたり、突き放したり、無視することは好ましくないです。どんな状況でも一貫した態度をとるように心がけることで、自己愛性パーソナリティ障害の方の動揺も抑えられ、安定して過ごせるようになってきます。
http://ac-guide.jp/NPD.htm


サポートは被害者以外の別の人がするべき


加害者は以前の被害者であり、そしてその被害行為に対して、
ほとんどサポートを受けられない状況にいたのかもしれません。
その点ではその人は、他の人からのサポートを必要とする人なのです。

しかしそのサポートは、加害者から被害を受けている人ではない、別の人がするべきです。
被害者は、加害者の最も近くにいて、しばしばまわりの人から、
その加害者をもっと理解しサポートをするよう言われることが多いものですが、
被害を受けながら、その加害者をサポートすることなどできるはずがありません。
そのようなことをしても、なおいっそうの被害を受けるだけなのです。

しかし、他の誰かがサポートをしようとしても、その人もまた、
次の被害者になる可能性が大きく、結局その加害者のサポートは、
非常に難しいことになります。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/kagaisya.htm

自己愛性人格障害のカウンセリング・病院治療

受診に際しての注意


電話で予約するときは「敏感関係妄想っていわれたんですけど」とか「自己愛性パーソナリティ障害かも知れません」などとは言わない方がいいです。特に「パーソナリティ障害(人格障害)」などと言ってしまうと、急にガードが高くなって「うちでは診れません」と門前払いを食らう可能性が高いです。

それよりも「対人恐怖があるんです」とか「悪口を言われているように思うんです」など症状を伝えましょう。そして受診となって医師に会って一通り診察を受けた最後に「敏感関係妄想や自己愛性パーソナリティ障害ではありませんか」と問うのがベターです。
市橋秀夫先生の「パーソナリティ障害をのりこえる!」第6章


人格障害は病気ではありません。 体に疾患があってそういう行為にでるわけではないので、薬で治療はできません。ベテランのカウンセラーの先生に相談して、長い時間をかけて、あなたが幼児のときに受けられなかった親からの愛情、人間として、何をやってはいけない、言ってはいけない、不適切な考え方、言動をひとつずつ克服していくことが肝要です。
一人の大人の男性として成長されている今、なかなか、聞き入れ難い話もあるかと思います。 それを受け止めて、導けるだけのカウンセラーの方の力量もかなり必要になると思います。


催眠療法


精神科よりも催眠療法をおすすめします。専門の精神科でも根底からの回復は厳しいようです…女性ですが知人のご家族もずっと通っていますがずっと薬を飲んでおり回復していない…と知人が根をあげておりました。
催眠と言っても操り人形になるとかオカルト的なものではなく、心理誘導をし、根本の自分の問題に気づくお手伝いをしてくれる感じです。

お近くで催眠療法をやってるサロンはありませんか?「(お住まいの地域)+催眠療法」または「ヒプノセラピー」などでヒットします。根底の自分の心に気づき、どうしてそういう行動になってしまうのか気づく事が出来ます。


2013/06/14 | Comment (32) | Trackback (0) | Edit |
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